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このサイトは日本聖書協会発行の
新共同訳聖書から引用しています。
聖書 新共同訳:
(c)共同訳聖書実行委員会
Executive Committee of The
Common Bible Translation
(c)日本聖書協会
Japan Bible Society, Tokyo 1987,1988
投稿者 : iybpc 投稿日時: 2020-09-13 14:47:55 (11 ヒット)
週報巻頭言

◇待望する人 招詞のルカのテキストから
 シメオンとアンナが、誕生後間もないイエスと神殿で遭遇する出来事をまず礼拝の招詞でお読みしました。シメオンとアンナはそれぞれ随分と年をとった老人でありつつ、クリスマスの重要な本質を指し示している脇役であります。
 シメオンもアンナも、共に「待望する存在」でした。「待望」に生きる人としての人生像を示してくれています。シメオンとアンナの老後は、一つの焦点を持っていました。すなわち「救い主が与えられるという希望」に集約されて、礼拝所でひたすら待っていたということです。
 一般的に、若い人や溌剌とした人を見ると「希望があっていいなあ」「自分のように年をとってくると希望もなくて」とつぶやくことがあります。身体的(フィジカル)な事や、与えられている時間という意味で語る言葉なのかもしれませんが、「希望」とは身体的な強さに担保されるものではありません。特に現代は、若者=希望に満ちているとは言えない時代でもあります。そう、「希望」とは決して人間の能力、人間の成長の可能性の延長線上にもたらされるものではなく、聖書を生きる人々の世界では、「希望」とは「神のみわざの出現」のことを指していますし、「神のみこころの成就」のことを指しているのです。それゆえ、希望する心・待望する心は、自己の衰え、弱さに反比例して強まってくるのです。
 シメオンやアンナは、自己自身の高齢化とともに、ますます、待望することに集中していった姿を見せてくれており、すなわち、人間の老いや身体的衰えには、むしろ待望する能力と希望へと集中していく能力があることを教えてくれています。
 クリスマス物語で言えば、マタイ福音書では異邦の博士たちが、ずっと待っていた救い主誕生の知らせの星を見いだして、はるばるやってきたことが記録されていますが、そこには、ルカ福音書のシメオンやアンナと同様、「待望していた人々」という共通のモティーフが響いているのです。ですから、高齢者たちは、クリスマス・すなわち神の救いの御業の物語の主役であると言えます。そして今も、神が最も必要としている人々こそ、希望する人々、待望する人々です。人間は神を忘れていることができるほど強く、たくましく、自分自身の輪郭や将来がはっきりしている人のことを素晴らしがるのかもしれませんが、神さまが求めているのは、神のみ旨、神のみ業を待望する人々です。
 私たちの社会は、現在のところ、年金制度の関係もあるのでしょうが、65歳以上の人々を「引退者」と見なしていますけれど、決して人生に「引退」するわけではありません。「引退者」とか「余生」というような枠組みを勝手にはめられてはならないです。むしろ、いよいよ神が求めている人間像に本当に入っていく、つまり希望ということへ向けて人間性と人生を整えていく新しい自分の時代に入っていくのだということを教えられるのです。
 そしてそのような待望者こそが、神のみ旨、み業を見抜く力を持っているし、待望してきたことが成就していく瞬間を人間の最大の喜びとして受け止めることができるのです。
 希望は、ますます高齢者の業です。高齢者方には、神の祝福を、地上の出来事と結びつけて祝い「人間にとって喜びとは何か」を、証する働きが託されていると言えます。

◇This is the first day of the rest of your life.(今日という日は、あなたの生涯の残された第一の日である)
 これは、単に流れて行く歴史の中の一日ということではありません。主にあって生かされて歩む信仰の歩みにおける第一日ということだと思います。私たちは、速さの異なる二つの時間を生きているのではないでしょうか。慌ただしく過ぎていく毎日の時間を生きています。しかし、同時に、私たちは、信仰によって永遠につらなるもう一つの時を生きることが許されているのではないでしょうか。短い限られた過ぎゆく時を生きながら、同時に永遠に続く信仰によって歩む時を、生きることが許されているのではないでしょうか。その意味で、今日というこの日は、自分に残された人生の歩みの第一日、初日なのだと思います。そう、今日が一番若い日なのです。

◇祝福の風景
 バビロニア捕囚の後、イスラエルに対してエルサレムへの帰還が赦され、民は神殿建築に取りかかりますが、町の復興も神殿の再建も思うようにいかず、自暴自棄になっていきました。ゼカリヤという預言者はそのような時代に民に語りかけました。
「復興とは、神がそこに住んでくださるということだ。また再生とは人間が生き方を改めることなのだ。私たち人間は『生ける神の宮』として恵みの受け皿になり、立派な町・頑丈な建物ではなく、神に誠実な社会となること。そのとき、神が共に住まう風景、すなわち『神の祝福の風景』をあなたたちは見るであろう。『エルサレムの広場には再び老爺、老婆が座るようになり、都の広場はわらべとおとめに溢れ、笑いさざめく』であろう」と。高齢者と子どもたちが安心してそこに座り、笑い、歌い、交わる広場、これが神の共に住む町の風景、「神の祝福の風景」だというのです。

 日の出とともに農場で働き、日没とともに家に帰り、親子三代の家族が大きな机を囲んで夜の時間を過ごす。そうした農夫の家族が、一年に一度「家族写真」を撮っていました。祖父母を真ん中にして、家族がぐるっと囲んで写っている写真。それがずっと変わらぬ家族写真の構図でした。やがて、工場がつくられ都市が形成されました。農夫たちの家族も、都市へと移り住んでいきました。合理化された工場で、父が働き、兄が働きました。収入は安定しました。でも、一年に一度撮り続ける写真の構図は明らかに変わったのです。父が真ん中、そして母と兄。その周りを子どもたちが囲み、はしっこに祖父母が写るようになっていったといいます。
 機能性、生産性の価値観を真ん中に置けば、中心は「いま稼いでいる者」が陣取り、その周りを「やがて稼ぎはじめる者」が占め、「余生を生きる者」が端っこになります。現役・予備軍・引退者という枠組みが人間社会に嵌めこまれます。「真ん中」に誰を置くか、そのことによって周辺・周縁が決められていきます。「元気であること」を真ん中に仰ぐ社会は、常に成長、回復、再建のスローガンを振り回し、「元気」な者や「産み出せる」者を叱咤激励するのですが、やがて全ての人が老い衰え、周縁化されていきます。
 しかし、私たちは希望に向けて人生を理解します。ですから、高齢者たちは、信仰共同体形成の主役(真ん中)だと言えます。人生の悲喜こもごもを味わい、それゆえに主への待望を深くしている人を真ん中にして集まり、幼子から高齢者までが、通り道にいて戯れ、広場でふれ合っている風景、それこそが神が共にいてくださっている神の祝福の風景なのです。


投稿者 : iybpc 投稿日時: 2020-09-06 11:51:04 (15 ヒット)
週報巻頭言

 おはようございます。先ほど、嶋田英一郎さんの「信仰告白」を共にお聞きしました。嶋田さんは1945年生まれですから、戦後の日本の年月(75年)を生きて来られました。まぎれもなく神が嶋田英一郎さんという命をおつくりになりこの世に生を与えられ、その人生に共にいてくださいました。嶋田さんは75年を歩んできた今日、その神さまのインマヌエルの事実を自分の存在の事実として受け入れられ、告白されたのです。受領し、告白してもしなくても、嶋田さんが神さまに愛され、イエス・キリストの恵みによって救われていたという事実は変わりません。しかし、嶋田さんは、自分が神さまに愛され、イエス・キリストによって救われた自分なのだ、ということを認められました。それを受け入れた者として生きる、そこには新しい生、新しい生き方が生み出されていきます。新生していくのです。みなさん、モーセが80歳になってホレブの山で神の召命を受けたことを驚かれましたね。しかし、それは驚くに値しません。嶋田さんもまた75歳という高齢期にあって新生を経験されていくのです。人は新しく生まれることができるのです。この後、バプテスマ式をします。死んで葬られ、三日目によみがえらされたイエス・キリストの命が嶋田さんの命と重なっている新生の徴・バプテスマ式です。嶋田さんが経験しているこの事実は、私たち市川八幡教会の共同体の経験でもあります。私たちも共に、バプテスマの恵みに与って参りましょう。

 さて、今日は、私が敬愛する信仰の先輩、鈴木怜子さんから伺った話を紹介します。鈴木怜子さんとおっしゃる方は、日本キリスト教団の戦争責任告白をした鈴木正久教団議長の娘さんで、永らく日本YWCAで働かれ、1990年代にYWCAの総幹事を務められた後、2000年に、女性では初のNCC日本キリスト教協議会の議長になられた方です。私は彼女の元で副議長を3年間勤め、9.11同時多発テロやイラク攻撃の緊張の中、報復の連鎖に呑み込まれていく戦争状況を、いかに世界のキリスト者や市民との連携のもとで食い止めていくか、という課題に向けてご一緒に汗をかきました。その鈴木怜子さんが、語ってくださった印象深いお話、彼女が、東松山市の丸木美術館に行かれたときの話です。
 私も、一時期は夏になると毎年巡礼のように出かけたこともありました。一昨年の夏も、谷本仰牧師をご案内して妻と三人で出かけました。丸木美術館は、何度出かけても、突き動かされ、見る者を圧倒してきます。
 もうお二人とも亡くなられましたけれど、丸木位里さんと丸木俊さん、このお二人は「原爆の図」をライフワークとして描き続けた画家・画伯であります。その作品のすべてにはお二人の執念、悔恨と平和への熱意が宿っています。九部からなる原爆の図、そして沖縄戦、南京大虐殺、アウシュヴィッツ。それら一連の作品の最後に丸木位里・俊さんは「地獄の絵」に取り組まれました。人間の罪深さ、人間のもたらす悲惨とをそこに描き込んでいきました。さらには、その人間の浅はかさ・罪深さ、人間の引き起こす悲惨に自らどっぷりと浸かり込み、それを見逃し続けてきた自分、まさに「地獄行き」に値する「罪人」である自分たちのことも、その地獄の場に描き込まねばならない!! そう言って、「地獄の絵」の完成間際に、位里さんが俊さんを描き入れ、俊さんが位里さんを描き込んだ。その「地獄の絵」が完成した直後に、鈴木怜子さんは丸木美術館を訪れ、丸木夫妻からその説明を受けられたのですが、鈴木さんはそれを聞いた後、丸木夫妻にこうおっしゃったんだそうです。
「確かに私たちは、丸木さんが捉えたような地獄行きの人間そのものだと思います。けれども私たちが信じているキリスト。このキリストであるイエスさまという方は『黄泉にくだり』、つまり自らも死んでその地獄に行き、その罪の報いにのたうち回るしかない世界に置かれたのです。しかし、そこからよみがえらされ、再びいのちを与えられ、いのちの中に、滅びるばかりの人々をいっしょに連れ出してくださったんです」。
 その話を聞いた丸木位里さんは、しばらく絶句した後、「すごい話だ」とおっしゃって、再び黙り込んでしまわれたのだそうです。
 私は鈴木怜子さんからその話を伺ったとき、お二人の「そのやりとり」こそ「すごい話だ」と思いました。
 丸木位里さん・俊さんが人生を賭して自らを含める人間に向けて告発している罪、自ら告白している罪、その罪が引き起こす一つの地獄の姿が、あまりにも凄いものであるが故に、そこに重なっていく(鈴木怜子さんの語る)イエス・キリストの「死んで葬られ、黄泉にくだり、死人の内よりよみがえる」話が、とてつもなく「すごい話」に思えてきます。丸木位里さんが黙り込んだその時、イエスはいったいどのような場所に放り込まれていたのでしょうか。そして、また、そこから再び命を与えられ、人々をそこから伴い、連れ出していくのだということを、丸木位里さんはどのように頭で思い描いたのでありましょうか。丸木さんの絵の描写の世界、原爆の地獄の現実をあてはめるならば、まさに爆風と熱線と放射能とで無に帰した、広島、長崎のがれきの街に、キリストは皮膚を垂らして横たわり、渇きの中に死に絶え、そこから尚立ち上がらされ、そこに累々と横たわった苦しみの命を連れて立ち上がっていく、ということなのかもしれません。いえ、それを引き起こした自覚、無自覚の人間たちの浅はかさが迎えねばならない地獄の報いのただ中に埋め込まれ、放り込まれる救い主の命。しかし、そこから再び引き起こされて歩み出す人間が新しく帯びていく責任と使命。「よみがえらされる」ということは、どれほど凄いこと、凄い話でありましょうか。

 わたしたちは、イエス・キリストのくださる「すごい出来事」に与っています。
 教会で初めてバプテスマ式をごらんになった方は、礼拝後に「びっくりしました」とおっしゃいます。あんなとこに水槽があって、礼拝の途中にザブンってやるんですからね、と。あの「ザブン」は一つには「罪の洗い流し」「罪のきよめ」を象徴していますが、単に「洗い流し」ではなく、一度キリストと共に死ぬことをあらわしています。しかし、その葬られた死の淵の中から再び引き上げられるのです。(途中でとめません。引き上げます!)。そして新生・新しい生、新しく生きる「私」がそこに生まれているのです。
 その新しい生は、まったく罪人でなくなったというものではありませんが、イエス・キリストの愛(苦しみ喘ぐ者を慈しみ、共に苦しみ、共に歩む力)が私の命の中に入れられて、「キリストのいのちが重なっているいのち」へと再生されていくのです。
 ですから、私たちはキリストの愛(苦しみ喘ぐ者を慈しみ、その解放のために自分も懸命に生きてみる生き方)を、自分の生活と思想の中に戴いて生きるしかできないものとされたのです。「罪の中に生きるべきではない」のではなく、2節にあるように「罪の中に生きておれない」人間として、悔い改めながら、神の赦しを求めつづけながら生きるものとされていくのです。
 私たちは、まぎれもなく、神さまの思いのこもった創造の業によってつくられ、イエスさまの力一杯の「捜し出し」によって助け出されている命です。わたしが虚無の力や絶望の力に呑み込まれてしまわないために、そして死んでしまわないために、イエス・キリストは全力を尽くされています。
 99匹の正しい人々を野原においてでも、迷い苦しみ不安におののく1匹の羊であるこの私を捕えに来てくださった。あの羊飼いがもし1000匹の羊を飼っていたのなら、999匹を野に残して、私を捜し出してくださったのです。それがこの私の存在の掛け値なしの比重なのです。神の目には「私」はほんとうに尊いのです。そして私は、いまもなおその羊飼いに抱かれたままの羊でしかない。ですから、この私の命は、この良き羊飼いの愛が重なっている命であり、この方によって方向付けられた新しい命なのです。主イエスが、罪に死ぬとき私も罪ゆえに罪の中に死んだ。しかし、その罪の報いの淵からイエス・キリストはよみがえらされ、ふたたび立ち上がっていかれるのですから、私たちもまた、古い自分としてではなく、キリストのいのちが重なり、イエスの言葉と歩みとに方向付けられた新しい命なのです。
 嶋田英一郎さんとご一緒に、私たちも新しい命の重なりを、今日覚え直したいと思います。 


投稿者 : iybpc 投稿日時: 2020-08-30 09:16:46 (28 ヒット)
週報巻頭言

 戦後75年の夏は、「アベ政治」と表現された政治に幕が降りる夏になりました。「アベ政治」とは、首相官邸に権限を集中させることによって国会の立法機能を最小限に縮小し、「閣議決定が優先、国会は事後承認」で物事を決めていくシステムでした。また官邸が各省庁や司法当局の人事権を掌握することで行政・司法をコントロールしようとする支配政治でした。その中身はというと、理念無き米国追従、富裕層にまみ見返りが戻る経済成長、医療・福祉の自己責任化、公文書その他の情報の隠匿、日本会議の掲げる歴史観・皇国史観の復興、教育勅語の人間観に基づく教育の再編、これらを強引に進める政治でした。
 一昨日の辞任記者会見の質疑で、読売新聞の記者から「7年8ヶ月の政権の成果、レガシーと思われるものは何」と聞かれ「レガシーは、国民の皆さんと歴史が判断する」と語りながら安倍首相はいくつかのことを、他の質問に対するよりは饒舌に語りました。私はその阿(おもね)りの混じったやりとりに少なからず嫌悪感を感じましたが、「レガシー・遺産・・・そうか、そうかもしれない」と思いました。もともと「自分の政権において『憲法改正』をなんとしても実現する」と語ってきたように、日本政治史にレガシーを遺すこと、自らがレガシーとなることを欲望して政権の座に着いた人物、それが安倍晋三という人でした。
 きっと彼は「自分は確かに歴史に大きな偉業を遺した」と感じているので「レガシー」という言葉に滑らかに反応したのだと思います。しかし、いみじくも「国民と歴史が判断する」と彼が語ったように、歴史は必ず、この7年8ヶ月の間に壊されてしまったものが何であったのか、それら負の遺産の代償がどれほど日本とそこに暮らす人々にとって大きいものであったかを明らかにしていくことでしょう。
 戦後75年というこの夏は、あの戦争の悲劇、原爆の惨劇を語り継ぐ人々の圧倒的な減少と風化に、改めて危機感をもった夏でもありました。新コロナの影響を受け、証言を語る場、証言を聞く空間が封じられて行ったことも「焦り」の気持ちを強く感じさせました。継承しなければならないことの大きさと多さ、にもかかわらずその難しさに頭をもたげてしまう夏でした。しかし、伝え聞かねばならないこと、伝え送らねばならないこと、その狭間にあって、受けとめる受信器としての自己の有り様と、伝える発信器としての自己の有り様とに改めて大事な役割を問われています。2020年の夏という「平和の継承」の季節の感慨を、「アベ政治」の幕引きと共に、きちんと記憶していきたいと思います。

 先週は出エジプト記6章後半から7章の前半のテキストで関執事が宣教くださいました。たじろぐモーセにアロンという助け手が備えられる場面でした。その後、モーセとアロンはエジプト王ファラオと何度となく対決・攻防を繰り返します。どうあってもイスラエルをエジプトから解放させることの無いファラオに対して、神ヤーウェは、すべての初子・長子を撃たれる(死なせる)という「最後の災い」を通してエジプトのかたくなさに報いられていきます。その出来事を記録しているのが12章です。その恐ろしい「災い」を「回避」する方法を神さまから告げられ、まさにその災いがイスラエルの上を過ぎ越しエジプトに打撃を与えていった出来事の経緯と意味、この「信仰体験」を記憶し、後々までも繰り返し記念するようにと神はモーセとアロンに命じるのです。
  
 「信仰体験」と申しますと、ある面、個人的・主観的なもののように思われるかもしれません。信仰体験は個々の心の問題、一人ひとりの主観的な心情なのだと。しかし、宗教的経験というものは、必ずしも個々人の内面の問題だけなのではなく、常に同時に、とても客観的、共同体的な経験であります。「神と人間」「人間と人生」ということに関する個人体験を共同経験にしていくのです。もちろん「良い体験」の事ばかりでありません。「失敗」や「間違い」や「悔い改め」そしてそれらを「修正」していく姿をも共有していくのです。そのような共同作業を通して、より客観的、より普遍的な世界観や歴史観・人生観を描き直して確認していくのです。「共同体形成」とはそういうこと。この共同の世界観や人生観のもとで、一人ひとりの個人を見守る。そして、その個人は、自分の信仰体験を味わいながら、再び、自分の個人的体験を共同体に還元していく。こういう循環によってその共同体は歴史をつくっていくわけであります。
 私たちの時代、この社会には、個人主義、私主義が蔓延しています。そこでの問題の一つは、「他人に感心が無い」ということです。私のことしか関心が無い。私の感覚、私の好き嫌いが中心であって、「人間にとって何が大切か」とか「社会はどうあるべきか」という共に生きる場づくりのことについて無関心になってしまうということです。
 たとえば、相模原事件などもそうですが、考えられないような衝撃的な事件が起こる。それを巡って、みんなが懸命に考える。「何故なのだろうか。いったい何が起こっていたのだろうか」。その事件の遠因を探り、その出来事が投げかけている恐ろしさとか悲しさとか破壊力とかを掘り下げていく。社会の様々な分野の人たちがそれぞれのリソースを傾けてそれぞれが掘り下げて考える。そういう掘り下げが、幾重にも組み合わされ、丁寧に分析したり検討したりしていく中で、二度と繰り返さないための道のりや、未然の防御策や修復と癒やしの力を社会全体として獲得していくわけです。様々な分野の人たちが、自分の分野でこれから何をするべきなのかという応答が組み合わされて更に社会をつくっていく。こういう作用を「社会形成的なコミュニケーション」と言うのだと思います。事件でなくてもいいです。共同体において一つの新しい出来事に、たとえば今般の「新コロナパニック」の事態のような新しい難問に直面しながら、聖書を読んで考え、祈って感じ、その考え、感じたことを個人的な所感で終わらせずにわかちあっていく。共同体の経験の言葉にしていく。そのような「共同体形成のコミュニケーション」がきっと、いま、この時に必要なのです。
 さて、イスラエルにとって、時代が進み、世代が重なり、記憶がどんどん遠くなっていくことは、「共同体形成のコミュニケーション」が途絶え、やがては「共同体そのもの」が崩れていくことを意味していました。出エジプトを果たし、カナンの地に入植し、農耕をおぼえ、蓄えの技術を手にし、毎日のパンには事欠かなくなった時代の子どもたちが、「食べる」ということ、「食べることができる」ということについて無関心になり、「自分が労働して得た穀物なのだから自分のもの」「効率よく労働した人間はたくさん蓄えて当たり前」というような「産物の資産化・商品化」を起こしていくわけです。資産の保護と流通の拡大のために大きな国をつくり王をかつぎ軍事力を強めようとする。
 すると、もはや「生きることは神の恵みの賜物である」ということ、「いのちは神さまが養ってくださる」という根源のことがおとぎ話になっていきます。「ものを大切にする」ということが「なんで」ということになるし、「分かち合う」ということが「なんで」ということになってくるでしょう。「私の食べ物はここにある」「あなたの食べ物はどこかにあるんでしょ。それはあなたの問題」という、個人的な経済論、主観的な人生論に陥ってしまう。もはや共同体の破壊されていきます。実際、イスラエルは「バビロン捕囚」という共同体の破滅を経験していくのですが、それは、人間のおごり高ぶり、神に養われ導かれる民という共同体の経験やアイデンティティーを保つ力が空っぽになり、「個々人の生活の問題」に分散されていき、拝金主義と個人主義と主観主義がイスラエルを包んでしまったことに起因していたと思えます。『出エジプト記』は、このようなバビロン捕囚を経て、そのような崩壊の歴史を深く反省しながら編集されています。 
 イスラエルにとって、「過ぎ越し」の事件を物語ること。それは民族の過去の体験を無感動に復唱することではなく、「私たちは何ものなのか」という本来のこと、根源のことを考え、そして「今の生き方はこれでよいのか」と再吟味することを意味していました。次の世代に対し、変な言い方ですが「身体で伝える・身体に伝える」と言いましょうか。種入れぬパン、つまり酵母の入っていないパリパリもしくはペタペタのパンと苦い菜っ葉を7日間食べさせながら、額に腕に律法を記した布の入った小箱をひもでくくりつけて、実に身体的に違和感を感じさせながら、身体で感触で実感させながら、「本来」のこと、「根源」のことを伝えようとする教育の業でありました。
 神が恵みをもって私たちの必要を満たしてくださり、神の憐れみによって私たちは生かされているのであり、だから、生かされている私たちは、また隣人を生かし、隣人と共に生きなければならないという「共同体の原理と原則」「生きかたのかたち」を、子どもたち・若者たちにぶつけていくわけです。子どもたちは、最初はどこか首をかしげながら、断食をしたり、ぺちゃんこのパンを7日間も食べたり、律法の反復学習をしたりしながら成長していきます。しかし、やがて自ら鍬を持ち鎌をもって収穫にあたりはじめる、そのときに、太陽の照り加減一つ、雨の降り加減一つに大きく左右されながら収穫がもたらされていくこと。人間の労力が穀物や野菜の成長に加える力はほんのわずかなものであって、絶大なる天の恵みによって、この産物が育てられていることを知るようになります。また、こうした産物の収穫を、もし独り占めしようなどとしたならば、共同体全体がぐちゃぐちゃになってしまい、みなが長く苦しんでしまうこと、などを体験しながら、結果として、聞いてきたところの「神の養いを憶えなさい」「分かち合いなさい」という教えが、如何に真実であるかということを悟るのです。これが歴史的・客観的な真理(共同体の経験)を個人的に追体験し、継承していくという出来事なのです。

 「信仰の継承」ということがよく言われます。教会共同体、信仰共同体などが将来・未来を講じるときに必ず重要課題としてあげるテーマです。しかし、そこには明確な峻別が必要です。すなわち「継承」は若者たちがすることであり、大人たちにできることはあくまでも「伝承」なのだという理解です。大人たちは社会や歴史を形成するために大切なことを「伝承」しようと努力し、若者たちは自分たちの時代にあって生きることや社会をつくることに直面しながら「継承」すべきものを選び取っていきます。大人たちは「伝承」に責任を負い、若者たちは「継承」に招かれていくのです。
 ところで、子どもたち・若者たちが「継承」するもの(したくなるもの)とは何でしょう。それは「真実なるもの」のみです。大人たちが「伝承」しようとしたもの全てを受け入れる訳ではありません。大人が熱意を込めて語っていた経験の言葉、あるいは個人の体験でありながら人間に共通した大事な経験なのだと言葉化(客観化・普遍化)して「真理」として伝えようとしてきた事柄について、若者たちは、自身で生きてみながら「これは真理にまつわる真実のことがらだ」と感じ取ったものについて受け取り、自分なりに追体験していくのです。このようにして「伝承」したものが「継承」されます。
 平和の伝承。孫の創亮に「平和を継承してほしい」と願う私は、自分が平和を継承し平和を伝承する人間であらねばならない。そして、この子どもたちの前で、平和を崩す生き方を改め、真剣に誠実に悔い改め、生き方を修正しなければならないと思います。 
 
 記憶と記念。これは単に過去のことを憶えるためにするのではありません。過去ではなく「本来」のことを心に刻む行為です。歴史をおぼえること、とりわけ戦争と破綻の経験を記憶することによって、いのちというものにとって、ほんとうに大切なこと、社会というものにとってはずしてはならないことを受け取り、そのことから現在(いま)と自分を照らしていく行為。それが記憶と記念です。実はその記憶と記念が未来をつくるのです。ですから記憶は決して過去のものではなく、未来のもの、「未来の記憶」なのです。


投稿者 : iybpc 投稿日時: 2020-08-23 14:14:31 (45 ヒット)
週報巻頭言

しかし、モーセは主に言った。「ご覧のとおり、わたしは唇に割礼のない者です。
どうしてファラオがわたしの言うことを聞き入れましょうか。」(出エジ6:30)
モーセはイスラエルのエジプト脱出を果たし、イスラエルを一つの民族に導いた指導
者、神と直接語ることのできる預言者、という偉大なイメージに輝いています。モーセ
はどんな人だったのでしょう。
モーセは、「エジプトに行け」「イスラエルを導き出せ」という神のご命令から何とか
逃れようとします。イスラエルをエジプトから救い出すなんて、とても自分の手におえ
ることではない。自分は話すのが得意ではない。ファラオを説得し、イスラエルの長老
を説得しエジプト脱出の決心をさせるなんてとてもできない。これまでの人生の半分は
エジプトの王族の生活であった。あとの半分はミディアン人の暮らしだ。今はミディア
ンの言葉で語り、羊を飼っている。家族がいて、平和で、それで十分なのだ。だから「ど
うかほかの人を選んでください」と神に願いました。必死に弁解するモーセの姿は、自
信のない、いかにも小さき者のイメージでしかありません。
しかし、神はモーセの言い訳をすべて承知しています。モーセがエジプトに行きたく
ないことも、ヘブライ語を自在に操れないことも、雄弁な演説とは程遠いことも、モー
セ自身がそれをよく自覚していることも、すべてご存知でモーセに命じています。神は
欠けのあるモーセを、神の助けが必要なモーセを選んで用いようとしています。自分に
は神の助けが必要だと知っている人を神は用いようとしているのです。その時人の能力
は問題ではありません。モーセは「わたしは必ずあなたと共にいる」という約束だけを
頼りに神の召しに従います。
それでも、自分が適任ではないという思いは消し去ることはできません。なぜ適任で
はない自分が召し出されなければならないのだ、と言う思いにこだわり、モーセはこだ
わりに縛られていたのではないでしょうか。モーセはこだわりを持ちながら、それでも
祈り求めざるを得ない自分、自分の欠けを最後は神にゆだねざるを得ない自分と向き合
い、自分の欠けを受けとめて下さる方の「わたしは必ずあなたと共にいる」という約束
に促されながら神とかかわり続ける中で、次第にこだわりから解放されていったのでは
ないでしょうか。神さま何故ですかと言いながら、それでも神とかかわり続けることで
しか疑問やこだわりから解き放たれることはないのではないでしょうか。(関玖仁男)


投稿者 : iybpc 投稿日時: 2020-08-16 15:41:11 (60 ヒット)
週報巻頭言

もはや隠し切れなくなったので、パピルスの籠を用意し、アスファルトとピッチ
で防水し、その中に男の子を入れ、ナイル河畔の葦の茂みの間に置いた。
(出エジ2:3)
イスラエルが、エジプト脱出に踏み出した時代の状況が、出エジプト記の1章に記さ
れています。ヤコブの子どもたちがエジプトに移り住んで以来、長い年月が経ちました。
エジプトの支配勢力は取って代わられ、ヤコブの子ヨセフがエジプトに与えた功績もエ
ジプトを恵まれたイスラエルの神への尊敬も全く払われない時代が訪れました。強大な
軍隊と大都市建設によって世界に君臨することを望む冷徹な国家エジプトのもとで、イ
スラエルの民は今や奴隷として強制労働の苦しみに喘いでいました。それどころかイス
ラエルの民の人口増加を恐れたエジプト王ファラオは、新生男児虐殺の政策を採用し、
労働力をコントロールしようとします。
このような残酷非道な支配は、歴史に時に出現する現実でもあります。血も涙もない
身勝手な人間利用、調整という名のもとでの殺戮や排除。創造の神への畏敬(生命への畏
敬)を捨て、自らが神として君臨し、いのちに価値づけを行おうとするこの世の王。その
欲望は肥大化し、常に大きな権力、大きな謀略、大きな暴力を振るいます。人々は、そ
の膨張した力に怯え、ものが言えなくなり、従うばかりになっていきます。
けれども、まさにそのような中に、別の現実が動き始めます。気が付かない動きで神
の業は始められます。小さな人間たちの小さな手を用いて、神は働き始められるのです。
神の働きを受け取ったのは数人の女性たちでした。ファラオの娘を除いて、みな名もな
き女性たちです。召使いとしての助産師たちであり、一人の赤子の母であり姉でした。
ただし彼女たちに共通しているものがあります。「神を畏れ、いのちを殺すことができな
い人々であった」ということです。
彼女たちにはできませんでした。手の中に取り上げるいのちを殺すことができなかっ
たのです。神の創造の業の現場である分娩台の上で、いのちを殺すことができませんで
した。神の祝福を無垢に受け止め安らいでいる赤ん坊を、川に投げ込んで殺すことがで
きませんでした。ファラオの命令と罰はもちろん怖い。しかし彼女たちは、それ以上に
神を畏れたのです。彼女たちは、何も出来ないという弱い人間でありながら、堂々とフ
ァラオとたたかっていきます。彼女たちの「武器」は、神を畏れる心と、何もできない
弱さと、いのちのために機転を利かせていく知恵だったのです。【吉盂陝


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