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このサイトは日本聖書協会発行の
新共同訳聖書から引用しています。
聖書 新共同訳:
(c)共同訳聖書実行委員会
Executive Committee of The
Common Bible Translation
(c)日本聖書協会
Japan Bible Society, Tokyo 1987,1988
投稿者 : iybpc 投稿日時: 2021-06-27 17:41:13 (37 ヒット)
週報巻頭言

 神学校週間を迎えました。連盟の協力伝道の大きな柱の一つ、「伝道者養成」に深く関わる神学校と神学生(献身者)方をおぼえて、祈りを結び合わせていく週間です。
 牧師を特別な聖職者とは位置づけないバプテストにとっては、献身とは総ての信徒に呼びかけられている招きでもあります。様々な姿でバプテスト信徒は献身して生きていたいと思います。しかし、そうした様々な献身の中で「教会の牧師・主事」として特有の学びを志す人たちの多くは、神学校に進み、学びます。神学校に進み出ることによって、また神学校で学ぶことによって、教会に仕え、宣教に仕える大切な「たたずまい」を学んでいくことになります。そう、学ぶべきものは「知識」ではなく「たたずまい」です。
 その求められ、整えられていく献身者のたたずまいを、私はかねがね「断」「受」「専」「委」という四つの文字で理解しています。神学校に進み出て、学ぶ者たちに引き起こされようとしていることを覚え、祈り、応援して行こうとする私たち教会は、その当事者たちに何が求められ、どのような葛藤が起こっていくかということについて、ぜひとも思いを寄せていきたいのです。なぜなら、献身は、教会全体の問題でもあるからです。
 断・受・専・委。この四つの意味合いを週報巻頭言に簡単に記させていただきました。今朝は、この内、「断」と「受」この二つのたたずまいについてご一緒に見つめてみたいと思います。
 
 まずは「断」です。これは「断絶」の断であり、「断念」の断であり、そして「決断」の断です。献身には、どうしても何かを断ち切る、という必要が伴います。自分の願望の延長線上で献身はできません。また自分の経験の上に献身を積み上げるのでもありません。むしろ、自己の願望を断ち、自分の経験をいったん捨てる、そうした断絶や断念を迫られるのです。献身するとは、自分にとってそれまで重要であった何事かを断ち、福音宣教と教会形成のために生きる道へと、人生を方向付け、集中させ、そのために準備していく決断をすることだと言えます。そして、こうした「断」としてのたたずまいは、牧師になってからますます問われていくテーマだと言えます。
 たとえば牧師は、赴任した教会で、何よりも説教(宣教)という「ことば」を取り継ぐ仕事を託されます。説教は、単なる聖書の解説ではありませんし、心に残るエピソード・心に染みる「良い話」でもありません。社会的問題意識の提示というのでもなければ、心理学的な人間考察でもありません。自分の人生経験談でもって主を証ししようなどと意気込んでも、5回も語れば話は尽きてしまうのです。自分が語りたいこと、語れることではなく、聖書が問いかけてくることを聴き取り、自分自身が問われている者として語り継ぎます。ですから、「自分の思いを断つ」という、実に不安な状態に自らをさらさねばなりません。怖いことですが、毎週、そこから始めていくのです。この「断」なしで聖書に向き合っても、聖書は語り始めてくれないのです。説教・宣教を語るという仕事は「断」から始まります。
 牧会の現実は、人間の喜怒哀楽との向かい合いです。人生の四苦八苦への寄り添いだと言っても言い過ぎではありません。牧会は、その中で一人ひとりを主イエスへ結びつけていく役割です。時には、人々の抜き差しならない問題に立ち入らざるを得なくなることもあります。同伴していると自分に火の粉が降りかかってくることがあります。でも、逃げ出せないです。もとより、関わるならば逃げ出さないという覚悟が問われています。人間の経験する様々な「裂け目」に立ちながら、主がくださる回復と癒やしを乞い求め続けるのです。ここでも逃げ場を断つという「断」が問われてきます。
 牧師を始めとする献身者の仕事はいつもこのような「断」と背中合わせです。ですから、献身し、神学校の門を叩くところから、この「断」を身に受けて歩き始めなければならないし、「断」という生き方を学ぶのも献身者の大切な道のりなのです。
 ところで、こうも「断」ということばかり強調されますと、なんだか、とても人間業に思えないと感じられることでしょう。けれども、「断」は、恵みあふれる人生の入り口に立つことでもあります。聖霊が語るべき言葉を与えてくださり、烏が肉を運んできてくれ、天からマナが降ってくる。この恵みの出来事は、信仰に賭けて生きる者の現場にほんとうに起こるからです。

 今朝は、ペトロたちがイエスに出会い、招かれていく場面の前半を読みました。あそこの場面にも一つの「断」があります。漁師を生業として生きていたペトロたちが、一晩中漁をしても何一つ獲れず、徒労の疲れの中で投網の手入れをしなければならないという重い空気の中にイエスが呼びかけます。「再びこぎ出して網を打て」というのです。普通なら「何を、素人が!」と跳ね返すはずの場面です。まさしく「わたしたちは、夜通し苦労しましたが、何もとれませんでした。」なのです。「しかし、お言葉ですから、網を降ろしてみましょう。」と、ここに「断」があります。普通は、「そう仰いますが」「お言葉ですが」と自分の経験と現実とを擁護したくなるのですが、「しかし、お言葉ですから」と、自分の現実を横に置いて従う。「お言葉はそうですが、しかし、現実は」ではなく、「現実はこうです。しかしお言葉ですから」と、出来事の順番を入れ替えていく、それは、まさしく「断つ」というたたずまいなのだと言えます。
 
 次に「受」、受けるという姿に目を向けて参りたいと思います。
 私は、つくづく神学校という場所での学びは「恵みの学び」であると思っています。神学校という学びのチャンス(場所や時間)は、贈り物(ギフト)として受け止めるものではないかと思います。まさに「受」です。人が「神学校に行こう」と献身の決意をすることも、その決意が教会のみなさんに受けとめられ祈られていくことも、そしてその人が神学校に導かれることも、すべては「受け」です。身体の不自由な人が、その床の四隅を握られ、イエスのところに運ばれていったように、しかも屋根を破ってつり降ろされるような破天荒な持ち運ばれ方さえしてイエスのもとに連れ行かれたように、献身を決意したその人が伝道者とされていく道のりの中には、多くの人々が床の四隅を握り、縁を掴んで持ち運んでくれているのです。「受」です。神学校に入学することが許されたその時、自分が、「持ち運ばれてここに来た」「許されつつ贈られつつ、この学びの日々を過ごすのだ」ということを心に刻み、畏れつつ歩みを始めるべきでしょう。
 一念発起し、自分の意志で神学校の門を叩き、誰にも世話にならず、自分の力で学びを続け、課題を満たして卒業した! 一見、自立した見事な姿のようですが、その自意識が「教会に仕える」という基本姿勢を組めなくしてしまいがちです。「神学する」とは神の御心に仕える取り組みであり、同時に教会に仕えようとする作業です。確かに神学校では科学的な方法、批判的方法を取り入れて神学諸科目を学びますけれども、大切なことはそれらの営みが「神と教会に仕える」ということにきちんと位置づけられていることです。 神学の学びはそれなりに面白いものです。教会との繋がりを忘れていても、それとして研究が続けられるほど奥も深いです。もちろん、神学を楽しんだらいいし、深めてもいただきたいです。ただし、その学びの時、学びの場は、人々によって自分に贈られた機会・ギフトであるということから決して離れてはならないのだと思います。

 私たちが神学校週間に捧げる「神学校献金」の用途は、神学生たちの奨学金のためです。他の用途はありません。神学生たちは、この奨学金を全面的に受けて学んでいきます。
 奨学金を受けて学ぶ。私たちはこの制度を大切にし、この制度を用いて神学生たちが学んでくださることを心からお勧めしたいと思います。なぜなら、奨学金とは決して「学費の工面」という経済的テーマではないからです。そうではなく「恵みの繋がり」「繋がりの恵み」のテーマです。奨学金は、それを献げる人々の祈りであり、捧げている人々の献身の現れでもあります。神学生はそれを受けとるのです。諸教会のみなさんの祈りと一人一人の草の根の献身を、神学生たちは、自分にとっては、教室として、授業として、学友との交わりとして、そして寮生活として受けているのです。
 バプテスト教会は、信徒の教会であり、もともとは信徒の中から牧師を立てて行きました。立てた人々は立てられた人を支え、立てられた人は立ててくださった人々の祈りと献身を請け負うようにして学び、そしてやがて牧師職に専心して行きました。この出来事は、もちろん今も、教会における信徒と牧師の関係の事実です。どちらか一方の強い召命観や意気込みだけでは維持できない関係性による賜物です。そして、この関係には当然ながら、互いの緊張関係と互いへの尊敬が不可欠でもあります。「受けて生きる。立てられて生きる。」「人を立てる。そして、そのために献げて生きる。」 こうした関与関係の血を通わせるような、すこし面倒くさい関係性を活かし用いてこそ、バプテスト教会はつくられていきます。バプテストの献身者だからこそ、この教会現場の関係性を、神学生時代から身に受けていくことが大事なのだと、私は思います。
 奨学金を受ける。それは、確かにかなりのプレッシャーです。このプレッシャーを受けるぐらいなら、払えるものなら自分で払いたいと言う人もあるかもしれません。しかし、献身者の学びとは、「仕えるための学び」です。多くの人々の祈りと献金(献身)を受けて為される学びです。「誰にも世話になってない」というのは、自由なようですが、背後に繋がりの無い、期待の無い、祈りの無い学びになりがちです。むしろ、奨学金を受ける、献金に支えられることによって、繋がりと恵みに囲まれていくべきだろうと思います。このプレッシャーこそが繋がりの恵みです。ですから、是非とも奨学金を受けて、その繋がりの恵みを身に帯びて、神学校で学んでいただきたいのです。
今朝は読みませんでしたが、先ほどの聖書箇所の後半。イエスの言葉どおりに網を打ち、たくさんの魚の重みを全身に感じたペトロたちは、主の前にひれ伏します。自分の経験と能力を超えて何かが起こるのだ、という事実の前に撃たれていくのです。そんな彼らに、主の招き、「恐れることはない。今から後、あなたは人間をとる漁師になる。」という宣言の声が注がれるのです。ペテロたちは「すべてを捨てて」、すなわち網を捨て、また家族を置いて従った、とあります。「捨てて従う」と聞くと、「ハードル高すぎ」と誰しも感じることでしょう。けれども「捨てて従う」とは、逆に「ハードルは低いのだ」と考えることもできます。もしも、「従うならもっと学んでからだよ」「従うならもっと身につけてからでしょ」「たくさん持って、たくさん増やして、それから従いなさいよ」と言われたら、いったい誰が従えるでしょうか? いつ、そんな日が訪れるでしょうか?
 そうではなく、主はきっと「何もいらない!」と言ってくださっているのだと思います。経験も学識も人々が目を引く能力もいらないから従ってきなさい!と。「持たずに」で構わない、「持てずに」で構わない。むしろ、全ては備えられることを信じて、何かを握りしめた手を開いて従ってきたらいい、と招いてくださっています。
「断ちなさい。断てば、恵みに囲まれる」と主は約束しつつ招いてくださっています。
 そして、それは、私たちの誰にも注がれている招きの言葉でもあるのです。


投稿者 : iybpc 投稿日時: 2021-06-20 16:38:57 (42 ヒット)
週報巻頭言

枯れた骨よ、主の言葉を聞け。見よ、わたしはお前たちの中に霊
を吹き込む。すると、お前たちは生き返る。(エゼキエル37:4-5)
今年も76 年前の「沖縄戦」を憶え、心に刻む季節がめぐってきました。組織的な戦闘
が終結した6 月23 日を、沖縄では「沖縄慰霊の日」として県民がこぞって祈念します。
私たちキリスト者は「慰霊の日」とは呼ばずに、「命どぅ宝の日」(命こそが何よりも大
切にされねばならないことを肝に銘じる日)として憶えて祈りを捧げる日としています。
沖縄戦研究者の安仁屋政昭氏は、沖縄戦について次のように記しています。
あにや
<「日本の敗戦は必至」という認識のもとに戦われた沖縄戦は日米最後の地上戦であった。沖縄
県民にとっては、戦後史の「苦悩と屈辱の原点」となった。10万人余の沖縄守備軍の任務は、県民
の生命財産を守ることではなく、出血消耗によって米軍の「本土」進攻をくいとめて持久戦に耐えぬ
くことであった。天皇制を護ること(国体護持)が第一義であり、そのためには、「本土」決戦準備・終
戦交渉の時間を稼ぐことが必要だった。沖縄守備軍は沖縄県に対して「軍民共生共死の一体
化」を指示、「一本一草トイヘドモ之ヲ戦力化スベシ」といって、老幼婦女子にいたるまで戦場動員
した。>(琉球新報2005年4月1日「沖縄戦新聞」より)
沖縄戦は壮絶な戦争でした。「鉄の暴風」と呼ばれる艦砲射撃。地獄のような地上戦。
そして、日本兵たちから沖縄県民が強いられた「集団自決」。筆舌に尽くしがたい惨劇が
引き起こされました。それほどの悲劇が可能となったのは、沖縄(琉球人)を利用・処分
することを厭わなかった「本土」日本による冷徹な沖縄(琉球)差別があります。
戦争中においては、本土決戦を遅らせるための「捨て石」とし、戦後においては「本
土」の安全保障を確保するための「捨て石」として沖縄を米軍に「献上」しました。そ
の取り引き(サンフランシスコ講和条約)によって日本「本土」は独立を獲得します。沖
縄が1972 年に「本土復帰」した後も、「基地の島」としての「押しつけ利用」は変わる
ことなく、現在、辺野古に米軍の永久的な基地建設が進められています。
「捨て石」とされた沖縄南部(激戦地)の土からは、今なお「遺骨」が出てきます。そ
の土を掬い、運んで、辺野古の海を埋め立てているのです。死者・戦没者さえ利用し、
再び「捨て石」にしようとする。命と死への畏敬無き傲慢な姿です。
これらの「枯れた骨」に肉をかぶせ結び合わせるようにして平和を祈る。「命どぅ宝」
を噛みしめながら、また「沖縄の平和(シャローム)こそが、日本の平和(シャローム)の
原点となるべきだ」と明確に心に定めて、私たちは祈りたいと思います。【吉高叶】


投稿者 : iybpc 投稿日時: 2021-06-14 05:58:20 (46 ヒット)
週報巻頭言

「イエスは、わたしたちのために、命を捨ててくださいました。そのことによって、私たちは愛を知りました。」(ヨハネ一3:16)

 紀元30年頃、ナザレから出現したイエスが、ガリラヤを起点にして「神の国のせまり」を宣言する歩みを始めました。「神の国は近づいた。悔い改めて(まなざしを新たにして)福音を信じなさい(この知らせを受け入れなさい)。」
イエスの時代、ユダヤ教律法・律法主義にがんじがらめにされて、病人たちや貧困層などの社会的弱者のほぼ全員が罪人・失格者と烙印を押されている世界・社会の中に踏み出ていって、「そんなことはない。あなたは神に愛されている。あなたこそ神の子だ。神はあなたに神の国をくださるのだ。」と、イエスはそれらの人々に呼びかけて、生きる勇気を注ぎ続けていきました。しかし、イエスは、その歩みをすればするほどなじられました。「罪人」たちに寄り添えば寄り添うほど嫌われました。「罪など贖われなくても、あなたは神の愛によって神の国に招かれている」と語るイエスの宣言は、「救われるためには『償い』や『贖い』が必要だ。たいへんな努力と積み重ねが必要なのだ。」と考えるユダヤ宗教者たちから疎まれ、危険視され、暗殺が謀られ、最後はさらしものとなって、しかもローマ帝国への反逆者として処刑されました。
「イエスは、わたしたちのために、命を捨ててくださいました。そのことによって、私たちは愛を知りました。」
 そのような主イエスのこの世での生を振り返るとき、冒頭にお読みしたこの一ヨハネ3:16の言葉を、できあがった教理的なフレーズとして受け止めるのではなく、イエスの生と死の情景を呼び戻しながら聞いていきたいのです。そこにある「イエスは、わたしたちのために」とは「イエスは、わたしたちが、そのままで神から愛されていることを受けとめるために」ということです。わたしたちのこの生・この人生が「罪人」とか「失格者」とか「必要のない命」だとかの攻撃に苦しめられることがないために、わたしという存在がこの社会からも失われることなく、また自分で自分を失ったしまうことがないために、そのような意味での「ために」であります。そして、わたしが、わたしたちが、この神から存分に愛され、祝福されている存在であるということを、わたしたちに伝え、わたしたちがそこからのびのびと生きることができるようになるために、の「ために」であります。
 「命を捨ててくださいました。」とは「イエスにとって、それを言い抜くことはいつも身を削るようなことだったのであり、命を削るような歩みだったのであり、その結果、ついに彼はこの世から削り捨てられてしまった」ということです。このイエスを見つめる時、そのことによって、私たちは「愛を知る」のです。

 愛を知るのです、このイエスを通して。愛を巡る様々な言葉があります。愛を巡る様々な受け止め方がありましょう。しかし、わたしたちは、イエスを通して、イエスのわたしたちへの関わり方を通して、「そのことによって、わたしたちは愛を知り」愛を捉えるのです。
 そして、イエスによって知らされた愛とは、「わが身を削りながら、誰かを祝福し」「わが身を削りながら、誰かを迎え入れる」ことであります。愛することとは「まずは神の愛を受け入れる」ことであり、「神の愛を誰にでも、そのままの相手に宣言すること」です。そして、イエスが別れの夜に弟子たちに遺した、しかも「新しい掟としてあなたたちに与える」と言って言い遺された「あなたたちも互いに愛し合いなさい」という言葉は、まさに「あなたたちも身を削り合いながら、互いを迎え入れ合い、祝福を宣言し合いなさい」ということです。
 
 話の道をすこし外れます。わたしは、ずっとキリスト教の単純化された教理、単純化されたからこそかえって難しくなってしまったと思われる教理にずっと捕らわれていたと思います。その一つが贖罪論です。まだまだわたしにとっては、イエス・キリストを理解する上で大切な概念ではありますが、「わたしたちのために、命をすててくださった」というフレーズにイエスの地上での生と死とをそこに呼び戻そうとすることなく語ってしまうあり方に少しずつ疑問を抱くようになりました。キリスト教のキリストと、地上を生きられたイエスとの緊張関係を忘れてはならないのではないか。キリスト教が教理化し、つくりあげたきてしまったキリストを、空中に仰ぎ続ける信仰ではなく、この地上に呼び戻し、イエスこそキリスト、イエスをこのわたしたち人間の地平に呼び戻すようにして見つめていく、そのようにしながら現実の世界と聖書の証を重ね合わせ、対話させて生きてみる、それが聖書を読むという営みなのではないか、と思うようになりました。
 贖罪論について素朴に考えてみれば、不思議なことに気づきます。もともと主イエスは、「罪は贖われなくてもいい。そのままで神に愛されている」と宣言されたのに、後の教会は「天国や救いに入るために、あなたは罪を贖われなければならない」という「贖罪論」を強調するようになりました。また、「これを信じれば、救われる」という(信仰義認と呼ばれるが実は立派な)行為義認を振りかざすようになりました。律法が信仰に変わったけれども、「○○すれば」という行為義認のままなのです。パウロが確かにそうした教理的なものの発芽であると考えることができますが、彼がその時代に論敵としたユダヤ律法主義への批判やローマ権力支配への批判としての文脈の中で、彼の言葉が選ばれていることを理解しないでパウロ書簡を読んでいきますと、まさしく「義人でなければ神の国に受け入れられない」ような読み方になりますし、すなわち「罪人のままでは天国に入れないので、償われ、贖われなければならない」という教理にしがみついていくようになります。後の教会は、その結果、教会の交わりの中に再び、「救われている人・いない人」とかの線引きをもちこんだり、「救いに与ったはずなのに再び罪に墜ちてしまった」とか「赦されているのに繰り返し罪を犯してしまいます」という、まるで、人間はどこかの時点で罪人を卒業できるかのような理解が浸透してしまったりしています。笑い話ではありませんが、「教会だって罪人の集まりなんです」とか「牧師先生と言えども一人の人間なのです」とか、いわば当たり前のことを、わざわざ言わなければならないようなことも起こります。 もちろん、「わたしたちのために、主が命を捨ててくださった」ことを、一人ひとりが自分の人生に繰り返し重ねて「わたしのため」とか「命を捨ててくださった」ことを自分の何に関わってくださったことなのかと考えていくことは、とても大切で尊いことです。そのときに、十字架に歩まれたイエスが、その人の中で呼び戻されることが大切なのではないかと思います。
 先々週の「主の晩餐」を考える宣教、先週・今週の「ヨハネの手紙」と、連続して、教理として告白されているキリストと、もはや目で見ることはできないのですが、地上を歩まれたイエスの生と死との緊張関係を、本日も語らせていただいています。
 16節からの聖書テキストに改めてもどります。
 さきほどの16節前半のことばに引き続き「だからわたしたちもきょうだいのために命を捨てるべきです。」とあります。さきほど、愛とは、「身を削りながら誰かを祝福すること」「身を削って誰かを迎え入れること」と表現しましたのは、この箇所を念頭に置いてのことでした。と言いますのは、わたしたちは、そう簡単に「きょうだいのために命を捨てることなどできない」し、またそう簡単に「命を捨ててはならない」と思うからです。 イエスの十字架への道、イエスの死、は、先ほど申しました、「自分の命を差し出した」というよりは、まさしく一人の小さな人を祝福し、迎え入れるために身を削り続けた歩みであったし、その結果として、この世からその命を削り取られていった生と死でありました。ですから、わたしたちの感覚としては、「友のため、きょうだいのために命を捨てる」というより「身を削りながらいっしょに生きる」「友のために、きょうだいのために身を削るようにして共に生きてみる」という方がより身近に迫ってくるのではないでしょうか。確かに、他者と向かい合い、その人に手を携え始めたとたん、身が削られ、心も削られ、時間も削られるのは、ほんとうにその通りだからです。
 それに、「身が削られるような思いをすることない交わり」には、あまり「愛」は必要ないのかもしれません。まさに愛の力とでも言うべき物を発揮しなければならないのは、自分の身を削らざるをえないような場面だと言えます。
 17節に続きますように「きょうだいが必要な物に事欠くのを見て同情する」とき、わたしたちは何らかの身を削る関わりを求められます。限界はありますけれど、身を削ってその必要に届いていこうとするわけです。どうしてわたしが、と思うこともあるのですが、出会ってしまったからには、と覚悟を決めていきます。いえ、その人が「事欠いている」その必要に、自分は関わりがないとは言えない、と考えることもあります。たとえば、いま、ミャンマー民衆が「必要に事欠いて」あえぎ、苦しんでおられますが、あの苦しみに対する関係と責任をわたしたちは強く感じるから、わたしたちは苦しいのです。何かをしなくてはならないのではないか、と身もだえるわけです。わたしは身を削られるべきなのではないか、とも思えるのです。
 限界を感じます。足りなさを実感します。自分の中からもう出てこない、これ以上は無理という気持ちになります。ただそこで、17節後半の「どうして神の愛がそのような物の内にとどまるでしょう」という言葉にはっとするのです。「とどまる」ものとしての愛。そう、そもそも、その思いは、それが愛と呼ばれるものだとして、その愛は、わたしの中から出ているのではなくて、神の愛がその都度流れてきて、わたしたちの関わり合いや交わりをそのように動かしていることを忘れてはならないということです。

 みなさん水車小屋を思い浮かべてみてください。田園風景の中に静かに回る水車小屋です。水車は回りながら、小屋の中で仕事をしています。粉をひく仕事、サトウキビを搾る仕事。粉や砂糖、そうした善き物を生み出すために水車は回ります。わたしたちもそのような「実り」のために働きたい。
 しかし、水車は自分自身で回っているのではありません。その歯車を小川の流れの中に浸して、水が水車を回しているのです。尽きない、流れ続ける川の水によって回っています。動力は水です。この水の流れを忘れて歯車の手入れをしても、ベアリングを精巧にしても油を差しても、水の流れに歯車を浸していなければ回らないのです。
 また、どんなに水の流れにまかせてくるくる回っていても、小屋の中の挽き臼と連結していなければ、実りにつながらないのです。水に身を浸し、挽き臼につながるときに、水車は良い仕事を果たすのです。神から、そして、主イエスから来る愛。それにつながり、他者とまじわり、誰かの「事欠き」に手を伸ばしながら、歩んでまいりまたいと思います。
 


投稿者 : iybpc 投稿日時: 2021-06-06 19:42:21 (54 ヒット)
週報巻頭言

 子どもメッセージで、薫くみこさんの『あのときすきになったよ』を取り上げさせていただきました。「クラスメイト」や「ともだち」をめぐる子どもたちの気持ちの動きが実に生き生きと描かれています。きらいだけど気になる。はりあう。でも金魚のおはかをいっしょに作って、感情を共有する。きらいだったはずなのに、あの子が学校を休んだら自分もつまらなってる。そんな気持ちをすなおに伝えられたら、自分も早く学校に行きたくなる。ぐっと近くなる。そして、自分がたいへんな失敗をしてしまったときに考えられないような大胆な方法で助けてくれる。
 「あのときすきになったよ」。いつ好きになったんでしょうね。いがみあっているときも、ともだちになる伏線だった。悲しみや怒りを共有してともだちになっていく。いないとさみしいという気持ちを通して友だちになる。さみしがってもらって友だちになる。失敗の中でこそ友だちになる。んですね。
 しっこさんは「おもらし」のはずかしさを知っています。失敗の痛手を知っています。だから大胆な方法をとります。友だちを守るために。
 子どもの日常に一場面を切り取りながら、人間の交わりの本質を示してくれています。ぶつかったり、苦手だったりしながらも、気にかけながら歩む。そして人はどんぞこの時こそ友だちになり、失敗の中でこそともだちになる。交わりとはそのようにして作られていくということでしょうか。

 教会の大切な本質は「交わり」にあります。「神と人の交わり」と「人と人との交わり」です。ヨハネの手紙は、交わりの回復を人々に呼びかけている書簡です。
「この世でキリストを信じるということ、つまりキリストと交わるということには、とても試練が伴い、厳しい迫害にさらされる。交わりの場に進み出ることより自分に籠もっていたくなることも多い。でも、それでは、他者につながれない。他人が生きる上で受けている痛みが理解できないし、共感の思いを起こす場面を与えられない。いっしょに喜ぶ場面も味わえない。共感や喜びの共有、それは人間の弱さや失敗の交わりの中に訪れるもの。そのときこそ、主イエスがわたしたちに示してくださった『愛し合いなさい』といういましめ、が発揮されるときとなる。互いに交わりをもちなさい。イエス・キリストは限界と苦しみを身に帯びながら、その弱さの中から人間を理解し、慈しみ、この地上を歩み抜いた。そして十字架に吊されて殺された。けれども神はそのイエスと交わり、そのイエスをよみがえらせた。そのような主イエスと人々、主イエスと神との交わりが私たちを支えているのだから。互いに交わりをもって歩んでいきましょう。」
ヨハネの手紙は、そう呼びかけています。

 さて、「イエス・キリストの生と死をどう受け止めるか。」それは信仰者にとって「何を大事にして生きるか」「どのような交わり・共同体をつくっていくのか」ということととても密接にかかわっています。「主イエス・キリストを、人間が生きる現実の上(上空)に置いて捉えるか」それとも「人間の生の現実のただ中に置いて捉えるか」という違いだとも言うことができます。
 キリスト教の信じ方の中には、イエス・キリストをそもそも世俗の人間を超えている超越的な存在として受け止める立場もけっこうあります。イエス・キリストの「神の子」としての側面を強調し、天にて神の右に座し、すべてを支配しているキリストに憧れ、そのキリストに結合している自分自身の「救い」に強い関心を持つ。そのような信じ方に傾く信仰(とそれを支える機能)を「栄光の神学」と呼びます。栄光の神学は、自分(人間)が聖化されること、罪から自由になること、天の栄光を託された充満感を実感することなどを求めがちです。使用する言葉も「全能の主」「王の王」「御座」「栄光」「御霊の注ぎ」「勝利」「神の小羊」などの表現を多用する傾向にあります。それらの神学は、イエスの十字架の意味を「贖罪論」に集中させていき、人間の罪を贖うために神の子が天から遣わされ、贖いの業を果たして、再び天に昇って行ったという、あくまでも「天の力」「天から天へ」という図式で神の子キリストを重視していきます。また人並み外れたイエスの奇跡や癒やしの力にばかり注目していきます。
 先週の宣教でもお話しましたが、「主イエスの死を記念する」という時、主イエスの罪の贖いという死の意味を記念する側面と同時に、「なぜ主イエスは十字架に架けられる死に方をなさらなければならなかったのか」、それには主イエスの生き方にその理由があるが故に、「主の生を記念する」というもう一つの側面も大切にしていかねばならない、ということをお話ししました。栄光の神学の場合、その後者の方は、抽象化されてしまい、あまり問題にならないわけです。人間の罪の贖いのために天から降りてきて、その業を天の力で成し遂げて、天に戻って行かれたという、そのポイントに集中するわけです。
 こうした「栄光の神学」は、いつの時代にも人間の宗教性と結びつきやすいと感じるのですが、この理解の仕方の原型と申しますか、古くには、ヨハネの手紙が記された頃に流行していた「仮現説」があてはまるように思えます。「仮現説」とは、ざっくり申し上げますと「もともと天に存在していた神の子キリストが、ナザレのイエスがヨルダン川でバプテスマを受けた時に彼と合体し、そして十字架で死なれる直前にイエスの体を離れて天に帰っていった」という理解です。この「仮現説」が2世紀初頭(ヨハネ文書が書かれたとされている紀元100年〜120年頃)の教会の中で浸透し始めていたのです。イエスが十字架で死なれた事件があってから、70年〜100年が経過していますから、信仰が抽象化していくのかもしれませんが、そう信じ始めていた人たちにとって、イエスの十字架(みじめな敗北のような刑死)はさほど重要なことではなく、むしろ、天のキリストの霊が自分たちに合体して内在している故に、自分たちもまた、この世の現実や自分の実際をさほど気にする必要はなく、「天と結ばれていることこそが実態なのだ」と理解しようとしました。するとどうなるでしょう。関心は「生きる現実や現場」のことよりも「やがて来る天での栄光」のことになってしまい、そもそも自分たちのこの世の現実がどうであれ人間としてはより高いレベルに昇華してしまっているのだから、と、実際は肉体をもっているゆえにいかんともしがたい自らの「罪性」があるはずなのに、それについても不問にしてしまうことになりがちです。観念が現実を覆い隠し、つまり「観念と現実の逆転」が起こってしまうわけです。
 すると交わりの質も変わってきます。人と人との交わりも、生きる痛みや苦しみが互いの接点になるのでなく(つまり人間の弱さが人と人とのつなぎ目となるのでなく)、栄光を受けた者(勝利している姿、どこか強められた姿)の確認が交流の主眼となってしまいます。ということは、必然的に、人間を生きにくく(苦しめたり貶めたり)する現実世界の問題、初代教会の人々にとってそれは端的にローマの暴力支配を背景とした弱肉強食の価値観・植民地支配のシステムのことでしたが、それらに抗いながら、人間の解放を求めて共に生きていこうという姿勢に対し、「そんなことよりも、霊的な救いを実感しよう」と幕を引いてしまうこととなります。まさに実際に生きる時間や状態に対するアパシー(無関心・無感覚)が生まれてしまうことになります。
 ヨハネの手紙が書かれた時代は、ローマによる「反抗分子の殲滅・迫害」の厳しい時代でした。キリスト者はまだまだほんとうに少数者でしたし、知られるとただではすまない立場でもありました。ですから、信仰の仕方にしても実際の交わりや、主イエスに倣う生き方よりも、自分の観念の中で栄光を満喫したくなる状況だったとも思えます。そうした事情の中にあって、著者ヨハネは、イエスの十字架の死という事実を決して軽んじてはならないことを伝えています。主イエスの死は、確かに人間の罪、私自身の罪と深く関わるものだけれども、そしてその赦しや解放に深く結びつくものだけれども、単に贖いの犠牲の儀式のように天からもたらされた天上の業ではないのだ。イエスは、たしかに肉体と取られ、しかもスーパーマンとしてではなく、打たれれば痛いひとりの人間として、打ち倒れされた人の痛みを悲しみ、人間を虫けらのように踏み潰そうとする力に怒り、神の支配を操ろうとする宗教家たちにもがまんができず、闘いを挑んで行かれたのだ。その結果として、彼は政治犯に対する見せしめの刑としての十字架で殺されていった。そのようなイエスの生の中に現されていた「人間のかくも痛みを背負いながら生きて行かざるをえない現実への慈しみと、解放のまなざし」こそが、今なお私たちの間で想起されなくてはならないのだ、と。
 そして、それゆえに、信仰共同体としての自分たちもまた、生きる事実、重荷を負わされながら生きる現実の中から、互いに交わり、互いを結びあって歩んで行くべきであることを伝えたのでした。
交わりをやめないでいきたいと思います。まだまだ交わっていないとわからないことだらけなのです。交わっていくことで私たちは私たちの弱さを知らされます。そのことが人間を受けとめる共同体には大事なのだろうと思います。わたしたちの弱さや足りなさ、痛みや嘆きを伝え合っていたいと思います。理不尽なことに憤慨することも私たちの間では大切にしていきたいと思います。そして自分が経験した失敗のつらさを通して、誰かを守っていく大胆な力を生み出していきたいと思います。
 
主は「わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」と言われました。だから、キリストの力が私の内に宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。わたしは弱いときにこそ強いからです。二コリント12:9-10


投稿者 : iybpc 投稿日時: 2021-05-30 19:06:53 (55 ヒット)
週報巻頭言

 私たち市川八幡キリスト教会は、その規約の中に二つの礼典を定めています。それは「バプテスマ」と「主の晩餐」です。そう、私たちバプテストは、一般的なキリスト教界で「聖餐式」とか「聖餐」と言い表している礼典を「聖餐」とは呼ばずに「主の晩餐」と呼びます。キリスト教の伝統の中には、聖餐・聖餐式にかかわらず、「聖」がつく言葉はけっこうたくさんあります。聖霊、聖書はもちろんのこと、聖典、聖職者、聖衣、聖人、聖徒、聖母、聖夜、聖人、聖地、聖歌・聖歌隊、などです。それらは、「聖別された○○」「特別な位置や意味を備えられた○○」として、他の諸々のものとは区別・峻別されて理解されていくわけです。敬われ尊ばれ、場合によっては畏れを伴って理解されます。
 はじめにことわっておきますが、バプテスト教会は、教会という場・空間からなるべくこの「聖」holyという語を取り払おう(相対化しよう)と努力してきたグループであろうと思います。そもそも、17世紀に英国国教会という政治と宗教制度とが混合して、民衆の生活の全般をその内面ごと支配していた国教会から飛び出して、つまり教会の権威という制度(聖なる秩序世界を守り導くという触れ込みで、一人一人の人間の自由をまったく封じ込めてしまうあり方)から脱出して生まれたのがバプテストでした。バプテスマを受けるのであれば、一人一人の自覚的な信仰をもってクリスチャンとなるべきで、生まれてすぐに自動的に幼児洗礼を授けて、本人の自覚も信仰告白もないところで入信させられるのはおかしい。しかも聖書的には川に全身を沈めて新生を表すほうが望ましいし。そう考えて、自分たちでお互いに水に沈めて再バプテスマを授け合った。そのようにしてバプテストの群れが誕生したわけです。当然のことながら、それは当時の教会支配の世界にとって大事件でした。秩序を乱し、成立している支配体制を揺るがす行為だと断罪され、ヨーロッパ中で大迫害、大弾圧を受けました。そんな過激で危険で無秩序な集団を擁護してくれる聖職者などは当時はいませんから、バプテストたちの群れには、誕生したときには司祭や牧師、つまり聖職者の同伴はまったく無かったのです。言い換えればあらゆる聖別された物事から隔絶されて、改めて聖書にシンプルに戻って信仰共同体をつくっていったわけです。そういうわけで、バプテストの指向性(思考性)の中には、聖なるものを相対化するスピリットがあり、聖なる物なしに直接に聖霊の導きをいただき、みことばに生きるのだ、という気概が備わっていたということです。
 さて、先ほど英国国教会の民衆支配と言いましたが、キリスト教の歴史という点では、カトリック教会が圧倒的に長く信仰世界を支配していました。ある時期は国王さえをも凌ぐ権力を有していました。そのような世界にあって、「支配のシステム」としてかなり効き目があったのが「聖餐停止」という教会の罰則です。それから「破門」ですね。聖餐に与ることは、まさしく救われていること、救いが継続していることを意味していました。「化体説」と申しまして、パンと葡萄酒を教会の司祭が聖別したとたん、それはそのままイエス・キリストの肉と血とに変化して、そのものになるという理解でしたから、これをいただき続けないならば、「罪赦されない者・救いから漏れている者」ということになり、教会に結ばれるにふさわしくなく、また教会から排除されるということは、すなわち「天国への門が閉ざされた者」としての烙印を押されたことになります。ですから、領主であろうが民衆であろうが、人々はみんな「聖餐停止の罰」を恐れるわけです。宗教の教理が支配の有効な道具になる実例です。そのように聖なるものは、ひっくり返せば、支配の道具・裁きの印となるのです。
 この「聖」をめぐって冒頭から説明をしたのは、新コロナパンデミックという未曾有の状況の中で「主の晩餐」をどう捉えていくのか、という問題とけっこう関係があるからです。カトリック教会や英国国教会(聖公会)は言うまでも無く、宗教改革から生まれたプロテスタント教会の中でも、メインラインと称されるルーテル教会、長老教会、改革派教会、メソジスト教会、組合教会にあっても、「洗礼と聖餐」は通常サクラメント(秘蹟)として理解されます。カトリック等は「化体説」、プロテスタントは「象徴説」(パンとワインとはキリストの体と血とを象徴している)と、それぞれ位置づけは異なるのですが、それでもプロテスタント諸派であっても、やはり「聖儀式」としての理解は強く、礼典の執行の有無は教会の死活問題に関わるとして、その分、執行ができないことは大きなストレスになっているようです。
 バプテスト教会は、バプテスマと主の晩餐のふたつの礼典を、サクラメント(秘蹟・聖儀式)とは理解せず、オーディナンス(主の託宣)と理解し、「主の死を想起しつつ共に生きる」ことの再決心の時と理解しています。つまり人間の神への応答行為、主の命令への応答行為である、と。そういう点で別の言い方をすると、カトリックや他の多くの教派の礼典が、「神から人への恵みの流れ」(神→人)であるのに対し、バプテスト教会では「人から神への感謝と応答の流れ」(人→神)であると理解しています。しかも、その主の託宣・主のご命令は、教会という共同体に託された使命ですから(教職者の特権などではありませんから)、教職者でなくても信徒の代表が、礼典を執り行うことができます。礼拝宣教(説教)でさえも信徒がしてはならないと考える教派がまだまだ多い現実ですが、バプテストはあくまでも信徒の集まりとしての教会の実態を大切にしているわけです。
 主の晩餐は、教会の制度を守るためにするのではない。また、パンと杯を受けることそれそのものが「救いのある・なし」を表すことではない。大切なことは何か。それは、本日のテキスト、第一コリント11章にも記されているように、
 ー腓了爐琉嫐を想起し、主の死を告げ知らせて生きる決心をすること。
 一つのパン、一つの杯から、人々にわかちあわれていく「つながり」を感じること
 6Δ房腓鳳答してあゆむ共同体の形成を確認すること   です。
 ところが、コリントの教会は、せっかく割礼によらず律法によらず、誰もが主イエス・キリストを信じる信仰によって救われるという福音を聞いて共同体に加わったにもかかわらず、その教会の中に、身分や社会的階層が持ち込まれてしまい、一緒に食事をすることができない状態になっていました。パウロはそのことを大変憂えて、一つのパン・一つの体、主イエスから注がれる恵みを共にわかちあいながら一つのからだとされていく教会になりなさい。と、そのことを指して「わきまえないでのみくいするな」と語っているのです。
さて、もう一つ大切な点を一緒に確認いたしましょう。市川八幡キリスト教会は、「オープンコミュニオン」方式を採用しています。バプテスマ(洗礼)を受けているかどうか、を、主の晩餐に預かれるかどうかの前提にはせず、「神の愛の迫りを感じる者がだれでも配餐に与れる」と理解しています。1998年の総会で、理解の再確定をいたしました。またその際に、「贖罪論」の見地からだけではなく、「主の開かれた共食の食卓論」の視点を大切にするために、二種類の式文を隔月に用い、強調点を変えて実施しています。どういうことかと言いますと、「主の死を記念して」と言いましても、十字架の死には、教理的には「贖罪」つまり私たち人間の罪を贖うために神の子が代償として死んでくださった、という意味があるわけですが、他方「主の死」すなわちイエスが十字架に吊される道のりの中には「主の生き方」があるわけです。小さくされ卑しめられていた人々、民衆に結びついて生き、罪人と呼ばれた人たちと食卓を囲み、そこから神の国の約束を語り続けられた、というイエスの生き方が「主の死」につながっています。「主の死を記念する」もう一つの内実は「主の生を記念する」ということでもあるべきなのです。主の食卓、それは分け隔てのない招きの食卓、恵みのわかちあいの食卓でもある、ということで、贖罪論に力点を置いた式文と、共食の交わりに力点を置いた二つの式文を隔月で朗読して過ごしてきたのです。また、教会に託された主のオーディナンスですから、牧師が不在の時であっても、執事が礼典当番を務めることもすでに実施しています。これが、市川八幡キリスト教会の「主の晩餐」についての考え方、立場です。
 さて、新コロナ状況に見舞われてからもう一年以上が経過しました。教派の違いを超えてあらゆる教会にとって悩みの種となっているのが「聖餐式」「主の晩餐」の実施の問題です。特に「聖餐」こそが礼拝の本質(実態)であると考えるカトリック教会などは、礼拝ごとにそれを執行し続けることこそが至上命題ですから、でも信徒たちを教会に集めると感染拡大につながるということで、苦肉の策として、「信徒のみなさんは御堂にあつまらないでよろしい。司祭たちが聖体拝領に与ることで、信徒全員が与ったとみなすから」という教書を司教団が出してコロナの現実に対応しておられます。ですから、緊急事態宣言の中で、信徒が誰もいない中で、聖餐式は司祭さんたちが担っておられます。
 ところが、先ほど確認しましたように、バプテスト主義によれば、「主の晩餐」は「聖餐」ではありませんから、必ずしも実施を絶対化する必要はありません。また、主の晩餐の頻度も決められているわけではありません。そもそも主の晩餐を月一回実施するという根拠はどこにもありません。教会形成にとって有効なペースとして定着したものと思われます。とはいえ、聖書に記されている主イエスの託宣・命令ですから、軽んじられてはならず、「できないときは、できるようになるまで、しなくてもいい」というのはご都合主義です。やはり「食卓を囲むようにして一つのパンから分けられ配られる」という「形」をも大切にすべきです。そこに象徴されている「ことがら」があるからです。
 そう考えると、〃遒飽貪戮麓腓糧媚舛鬚靴覆韻譴个覆蕕覆い里(と絶対化するのも)、会員が礼拝堂に来られなくても聖職者が実施するというのも、リモートを用いて、それぞれがモニター画面の前で、自分で用意したパンとぶどうジュースで参加する(実際のケースです)というのも、いずれにしても、バプテストの主の晩餐の本質からも、そもそもの主イエスの託宣の想いからも、また一つのパンを裂き合うという意味合いからも、どれも離れてしまっているように思えます。バプテスト教会の中には、コロナになっても主の晩餐を続けてきた教会もいくつもあります。問題は「礼拝堂に来ることができないメンバーたちはどうなるのか」ということです。の蘿卞欧僕茲討い訖佑杷杙舛鮃圓ぁ▲螢癲璽隼臆辰凌諭垢呂修譴魏萍未埜ている、というのも「共同のわかちあい」を現せていないように思えます。人々がやむを得ず隔絶されている状況の中で、実際にパンと杯を用いて主の晩餐を実施しようとしても、なかなか大切なことをカバーしきれないわけです。
 そのような悩みを抱えるなか、市川八幡キリスト教会では、新コロナ状況下にあっては、上記の理由から物理的にパンと杯を配餐をすることにはこだわることをせず、「主の死を記念(想起)する時」となり、「神への応答を再決心する時」となるようにと、第一主日の礼拝の中で、主の晩餐の制定の聖書箇所・第一コリント11章23-26節を朗読し、黙想の時を持つようにしてきました。ただし、理念的なことはその方法でクリアできるのかもしれませんが、やはり実際にパンと杯の配餐をしませんから、「一つのパンと杯を分かち合う群れ」としてのシンボリックな営みにはならない。「主の晩餐」は、個々人の心の中の「観念」に解消されてしまっていいのかという問題が残ります。また「主の死を記念する晩餐を守り続けよ」という主イエスの託宣は、形(身体性)を伴うものとして実感(共に食べ、味わい、共同を感じる)すべきなのではないのかという、「身体性」のテーマが残ります。
 さらに第一コリント11章の制定の言葉だけの朗読ですと、市川八幡教会の主の晩餐理解の特徴、つまり「主イエスの生き方」の想起、「主イエスが誰と食卓を囲んだのか」ということの記念が抜け落ちてしまっているのかもしれない、という課題があります。今の聖書朗読と黙想の方法も、わりと新鮮に思えましたし、妙な話ですが時間短縮にも適しているのですが、やはり課題を抱えたままであると言えます。新コロナ感染の心配が解決されていない以上、礼拝堂に来ることを控えている人がおり、それは尊重されるべき判断であって、そのような方々がリモートで礼拝出席されるていることも共なる一つの礼拝として私たちは考えているわけですから、そうでありながら、物理的なパンと杯の配餐を導入することは分断を持ち込むことになります。ですから、物理的な配餐の実施はもうしばらくは休止した方が良いと私は思います。ただし、次のステップとして、少し時間は長くなるかもしれませんが、第一主日の聖書と黙想の時に、市川八幡教会が採択している式文の交読をおこなうなど、これまで大切にしてきたことを大切にし直していくことが大事かな、と考えているところです。
 執事会では新旧交代をまたいで、この新コロナ状況下での主の晩餐の課題を継続して話し合っています。牧師ひとりが決めることではなく、執事会が決めてしまえば良いということでもない。何を悩んでいるのか、何が課題になっているのかを、教会員みなさんと共有して、みんなで悩み、これからの選び取りをご一緒にしていきたいと願い、今日は、先月の執事会で合議して、礼拝宣教で主の晩餐についてのお話をさせていただいた次第です。
 願わくば、何も悩まずに過ごしてきた時以上に、こうした悩み多い日々にこそ、教会の交わりの本質と大事な事を、私たちが共に学び取ることができますようにと祈ります。

                         


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