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このサイトは日本聖書協会発行の
新共同訳聖書から引用しています。
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週報巻頭言
週報巻頭言 : わたしにはできない (1) (出エジプト3:11–22)
投稿者 : iybpc 投稿日時: 2017-07-30 18:00:00 (44 ヒット)
週報巻頭言

わたしは必ずあなたと共にいる。このことこそ、わたしがあなたを遣わすしるしである。(出エジプト3:12)

正義を実現するのは骨の折れるしごとです。「わが民イスラエルの人々をエジプトから連れ出せ」と命じられたモーセは、さまざまな理由を挙げて辞退します。最初の抗弁は「わたしは何者でしょう」というものです。確かにモーセはイスラエルのひとりの人を監督の虐待から守ろうとしただけでファラオのお尋ね者となり、ミディアンの地に寄留するよそ者でしかありません。イスラエルの民をエジプトから連れ出すなどという大役が務まるはずもないのです。しかし、神は「わたしはあなたと共にいる」と約束されます。「これが(とはおそらく燃えても燃え尽きないこのいばらが、の意)しるしである。このわたしがあなたを遣わすのだ」。主役はあなたではない。だから、民を首尾よくエジプトから導き出したら、みんなでもう一度ここに戻って来なさい、と主は言われます。
 しかしモーセはなお不安です。アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神であることは聞きました(6節)。しかしその名を問われたら、何と答えればよいのでしょうか。古代人にとって、名を知ることは相手の本性を知ることです。呼びかけ、願い求めることを許されることです。容易に教えてもらえるものではありません。しかし神は「主」(ヤハウェ)という名を明かされます。「わたしはある」、むしろ「わたしはなろうとする者になろうとする」(エフイェ)という意味の説明までつけて。
 二つ目の抗弁も破られました。再び神は任務を突きつけます。イスラエルの長老たちにわたしのことばを、壮大な救いの約束を、告げよ。彼らは聞き従うであろう。それから長老たちと共にエジプトの王のところへ行ってわたしのことばを告げよ。王はあなたたちを行かせないであろう――わたしが手を伸ばしてエジプトを打つまでは。何もかも見通しておられる方がそう命じられるのです。エジプト人はイスラエルの民に金銀や外とうまで与えて送り出す、と約束されているのは、この神にとって奴隷を解放するとき手ぶらで去らせるのは不道徳なことだからです(申命記15:13)。モーセはこの方に身を任せることができるでしょうか。(高市和久)

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