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このサイトは日本聖書協会発行の
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週報巻頭言
週報巻頭言 : 青春の日々に (コヘレト11:7–12:7)
投稿者 : iybpc 投稿日時: 2018-01-14 18:00:00 (156 ヒット)
週報巻頭言

青春の日々にこそ、お前の創造主に心を留めよ。苦しみの日々が来ないうちに。「年を重ねることに喜びはない」と言う年齢にならないうちに。(コヘレト12:1)

多くの年齢を重ねたコヘレトは人の世のはかなさを考え抜いた上で「光は快く、太陽を見るのは楽しい」と言い切ります。長生きは喜ばしいことです。確かに、暗い日々も多くあることでしょう。来る者は皆(むなしいと言うよりは)はかない、つかの間の存在だからです。それでも老人には老人の、若者には若者の喜びがあります。それを喜び楽しむことが、神が人に与えられた宿題なのです。「あなたの心にかなう道を、あなたの目に映るところに従って」こそ、心から楽しむことができるというコヘレトの主張は、律法が「自分の心と目の欲に従ってみだらな行いをしないように」(民15:39)と警告していることを考えれば、大胆な人間肯定と言わなければなりません。すると11:9後半も、人間存在は確かにはかないけれども、喜び楽しむに値するものであり、神の恵みを受け取ろうとしない者は裁かれる、ということのようです。若さも青春もあっという間に過ぎていくのですから。ただ、その喜びのうちにはパンを水に流して見知らぬ人に与え、できるだけ多くの人と分かち合うこと、うむことなく種をまき続けること(11:1–6)も含まれているのですが。
 12:1で神を「創造主」(ボーレー)と呼んでいるのは、穴(ボール、墓の意も)を連想させるためとも言われます。創造主が人を造られたのは、その日々を楽しませるためです――いずれ穴に葬られて終わるはずの日々を。人の最期は、日月も暗くなる世の終わりのようであり、戦乱や飢餓に苦しむ国のようであり、恐怖に満ち、栄華が過ぎ去った廃屋のようです。草花や虫は変わりもないのに、人だけが永遠の家に去らねばなりません。
 だからこそ、若い日に創造主を心に留めることは意味のあることです。矛盾と破れに満ちた人生の中に創造主の恵みを見いだすのはなかなか難しいことであり、若い人々にも労苦の多いこの時代にはなおさらそうなのですが、喜べることを喜び、楽しめることを楽しむことを心がけるなら、一日一日が決してむなしくは終わらないでしょう。(高市和久)

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