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このサイトは日本聖書協会発行の
新共同訳聖書から引用しています。
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週報巻頭言
週報巻頭言 : だれに従うか (使徒4:1–22)
投稿者 : iybpc 投稿日時: 2018-02-11 18:00:00 (15 ヒット)
週報巻頭言

神に従わないであなたがたに従うことが、神の前に正しいかどうか、考えてください。(使徒4:19)

イエスの十字架と復活から間もないエルサレムでは、宣教は危険を伴いました。神のみに従いたい、見たことや聞いたことを話さないではいられないという当然の思いが通用しない時代だったのです。ペトロはただ、足の不自由な人をイエスのみ名によって立ち上がらせ、不思議がる人々にイエスのみ名の力を語っただけでした。しかし、祭司たち、神殿守衛長をはじめとするサドカイ派の人々はイエスをピラトに引き渡した張本人です。そのイエスを神がよみがえらせたということになれば、彼らの権威は地に落ち、神殿から得てきた利益も危うくなるのですから、ペトロとヨハネの宣教は不愉快だったでしょう。そのうえ信者は増えていきます。もはや一日も放置できません。彼らは民衆の目の前でふたりを逮捕します。
 一夜明けて最高法院の裁判が始まります。大祭司らはイエスの復活という本題を避けて使徒たちのよって立つ権威というからめ手から攻めようとします。ペトロはイエスのみ名の力をあかしする機会を捕らえ、大祭司らの「ああいうこと」というぼかした言いかたを「病人に対するよい行い」と言い直し、その奇跡がイエス・キリストのみ名によるものであることを明らかにし、そのイエスを十字架につけて殺したのはほかならぬあなたがた(大祭司たち)であると指摘し、詩編118:22の、家を建てる者が捨てた石が不思議にも家の土台の中でも特に大事な隅の石になったということばを引いて、大祭司が捨てたイエスを神が拾い上げて救いの礎とし、全世界の救い主となさったのだと主張します。「あの名によって話すな」と命じられても「神に従わないであなたがたに従うことが神の前に正しいかどうか、考えてください」と言ってこれを拒み、民衆の支持もあって釈放されました。自分が信じる神のみに従いたい、救いのでき事を人々に語りたい、その信仰を貫いたのです。
 日本でも、国家が神道を護持して国民を従わせ、イエス・キリストが王の王、主の主となられることが語れなくなった時代がありました。その再来をもくろむ動きには警戒が必要です。(高市和久)

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