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このサイトは日本聖書協会発行の
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週報巻頭言
週報巻頭言 : 指し示す役目(ヨハネ1:19–34)
投稿者 : iybpc 投稿日時: 2018-02-25 18:00:00 (166 ヒット)
週報巻頭言

その翌日、ヨハネは、自分の方へイエスが来られるのを見て言った。「見よ、世の罪を取り除く神の小羊だ。(ヨハネ1:29)

イエスが活動を始められる前、ヨルダン対岸のベタニアで人々にバプテスマを授けていたヨハネのところにユダヤ人たち(の指導層)が祭司やレビ人たちを遣わして「あなたはだれか」と尋ねさせると、彼は告白して否定しませんでした。すなわちこう告白したのです、「わたしはメシアではない」と。世の終わりに神に先立って来ると信じられていたエリヤでもなければ、モーセの代わりに来るとされたあの預言者でもありません。否、否、否を繰り返すばかりなのです(「荒野で叫ぶ声」という答えは福音書の内容を教会の正統的な教えに近づけようとした編集者の加筆と見られます)。要領を得ないまま、使節団はバプテスマを授ける理由を尋ねますが、彼は「わたしは水でバプテスマを授けるが、あなたがたの中にはあなたがたが知らない方がおられる」とまたまたなぞめいたことを言います。メシアを名乗るのはもちろん、メシアがほかにおられると告白するのも命がけではありますが。
 なぞが解かれるのは翌日になってからです。ヨハネはイエスが自分のところに来るのを見て、「見よ、世の罪を取り除く神の小羊だ」と言います。イスラエルの罪を背負うやぎ(レビ16:21)のように民の罪を取り除く方であり、過越の小羊(出エジプト12:6–7、第一コリント5:7–8)のように罪の支配から解放してくださる方です。わたしより先に、世の初めからおられた方です。ヨハネはイエスを知りませんでしたが、ヨルダン川で人々にバプテスマを授けていたのはこの方に出会うためでした。霊が下ってその上にとどまるのを見て、自分が待ち続けていたのはこの方だと知り、この方こそ神の子であるとあかしするようになったのです。
 ヨハネが何者であるかは結局はっきりしません。はっきりするのはむしろイエスの本性です。神の小羊、初めからおられた方、聖霊によってバプテスマを授ける神の子であることが明らかにされていきます。ヨハネにはこの方を指し示す以外に独自の役目はありません。しかし、指し示す働きに徹する人生のなんと尊く意義深いことでしょうか。(高市和久)

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