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このサイトは日本聖書協会発行の
新共同訳聖書から引用しています。
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週報巻頭言
週報巻頭言 : 祈りえないときに(マタイ6:9–13)
投稿者 : iybpc 投稿日時: 2018-03-11 18:00:00 (129 ヒット)
週報巻頭言

だから、こう祈りなさい。(マタイ6:9)

東日本大震災からきょうで7年になります。わたしたちがみずからの小ささを思い知ったあの日を思い起こすにあたり、南光台教会の田中信矢牧師は主の祈りを手がかりにしています。がれきの山。無音。異臭。現場に立った人々は、祈ることばが見つからなかったと言います。そんな場所にも、イエスが弟子たちに与えられた祈りはぴたりと適合していました。人間と世界をまるごと把握しておられる方、人々の苦しみをその身に引き受けられた方の祈りだからです。
 この祈りは、「父よ」という呼びかけで始まります。無力な子どものようにわたしたちは神に呼びかけます。その方は高い天にあってわたしたちを愛しはぐくむ方、わたしたちが従うべき方なのです。人が「父よ」と呼びうるのは神がまず「子よ」と呼びかけてくださったからであることも言っておかなければなりません。
 次に神のための三つの願いが来ます。神は人をはるかに超える方であり、キリスト者はその聖なるみ名をあがめるのであって、神のみ業を批評するのではありません。神ご自身のみ国、すなわち愛と正義のご支配を叫び求めるのであって、みずから君臨し支配するのではありません。すべての人が神の戒めに従い、互いに大切にし合う日が来ることを臨むのであって、欲望の充足を賛美するのではありません。
 次に自分たちのための三つの願いが来ます。人は食物をはじめとするさまざまの必要を満たしていただかなければならないことが、震災を通してあらためてあらわになりました。人はまた罪をゆるしていただかなければならない存在です。原発を作って修復できない汚染を起こし、多くの人の故郷を奪い、あるいは放射線の中で生活させる、そんな罪深い存在です。被害者にとってはあまりにも厳しい試みですが、この不幸から救い出すことも神にしかできません。パンも、罪のゆるしも、試みからの救いも、すべて神に求めるしかない者たちが「国と力と栄とは限りなくあなたのものです」(歴代上29:10–11参照)と神の栄光をたたえる。聖書の時代から2000年を経ても、そうした人間のありようは少しも変わっていません。(高市和久)

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