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このサイトは日本聖書協会発行の
新共同訳聖書から引用しています。
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週報巻頭言
週報巻頭言 : イエスにしかできないこと(ヨハネ2:1–12)
投稿者 : iybpc 投稿日時: 2018-03-18 18:00:00 (128 ヒット)
週報巻頭言

イエスは、この最初のしるしをガリラヤのカナで行って、その栄光を現された。それで、弟子たちはイエスを信じた。(ヨハネ2:11)

ナザレから程近いカナの町で婚礼がありました。七日間も続いたかと思われる宴の途中でぶどう酒がなくなります。花婿の家にとって恥となる事態です。召し使いたちはそこにいたイエスの母から「この人が何か言いつけたら、そのとおりにしてください」と言われて、イエスに言われるままにかめの縁まで水を満たします。そこからくみ出すと、よいぶどう酒に変わっていました。合わせて500–700リットルものぶどう酒が突然出現したのです。世話役はぶどう酒の味に驚きましたが、どこから来たのかはわかりません。わかるのはみずから水をくんだ召し使いたちだけです。彼らの労苦は十分に報われました。
 これが「最初のしるし」だったと福音書は言っています。しるしとは神が働かれたことを証拠立てる奇跡です。ただし、大事なのは奇跡そのものではなく、その奇跡が指し示している事がらです。つまりイエスが帯びておられる神の子としての栄光です。水をぶどう酒に変える! 栄光以外の何物でもありません。弟子たちがイエスを信じたのも当然です。しかし、福音書記者はそれを「わたしの時」と言い直しました。元来は「イエスの母は召し使いたちにイエスの言いつけに従うように言った」とだけあったところに母とイエスのやり取りを挿入したと見られるのです。人が目を注がねばならないのは「わたしの時」、すなわちイエスが十字架につけられる時だけだ。どんなに輝かしいしるしが示されても、それが指し示すのは十字架であることを忘れてはならないと記者は言いたいのでしょう。「あなたはわたしとどんなかかわりがあるのです」という母に対するとも思えないことばも、天の父のみに従う姿勢の厳しさを表すものとすれば納得できます。
 季節は巡り、イエスの苦しみの時が近づいてきました。イエスにしかできないこと、その栄光を見つめましょう。しかし何よりもその苦難を仰ぎましょう。世の罪を取り除くという、神の小羊にしかできなかったことを。そしてきょうわたしたちの労苦すべきことに励むなら、きっと豊かな報いを見いだすでしょう。(高市和久)

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