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週報巻頭言
週報巻頭言 : 人間の心の中にあるもの (ヨハネ2:23–25)
投稿者 : iybpc 投稿日時: 2018-04-15 18:00:00 (93 ヒット)
週報巻頭言

イエスは、何が人間の心の中にあるかをよく知っておられたのである。(ヨハネ2:25)

「しるしを見て」であるとしても、イエスのみ名を信じるのはよいことです。その人には神の子となる資格が与えられます(1:12)。弟子たちもカナのぶどう酒のしるしを見て信じました(2:11)。次の段落に登場するニコデモもそうです(3:2)。しかし、しるしを見て信じるだけでよいかという問題が残ります。しるしを見たら信じるという姿勢は、しるしを見なければ信じないということでもあるでしょうから。4:48でそのことを指摘された役人は、イエスの約束のことばを信じることによって息子のいやしというしるしを経験します。人は、しるしに基づく信仰からみことばへの信仰に進んでいかねばなりません。
 しかし、人の信仰は結局は中途半端であるようです。24節は「イエスご自身は彼らを信用されなかった」と、前節の「信じた」と同じ語を用いて衝撃的なことを語ります。人が神を信じるのであって、神が人を信じるのではありません。神が人をご存じなのであって、人が神を知り尽くすことはできません。この関係が逆転することは決してないのです。イエスが人間についてだれかにあかししてもらうまでもなく、その人の心の中にあるものをご存じだったことはマルコ2:8などにも証言されています。よい人か悪い人かを見分けられるということでしょうか。「彼らを信用されなかった」と言っているところを見ると、むしろその人の思いがどのように悪いかをご存じだったという意味のようです。
 人間の心の中に何があるでしょうか。カルバンは容赦ない厳しさでこう述べています。「アダムから生まれた私たちはみな、神を知らず認めず、腐敗し、堕落し、すべての善を奪われている。心はおよそすべての悪に傾き、よこしまな欲望に満ち、その上、神に対してかたくなである。もし私たちが外見はいくらかでも善良な様子をすることがたまたまあっても、魂の内面は自らの汚れに侵され、ねじくれた背徳の中に沈んでいるのである」(キリスト教綱要初版)。ここに救いがあります。神は人の悪を承知の上で、まさにそのゆえにあわれみ、召されるのです。(高市和久)

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