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このサイトは日本聖書協会発行の
新共同訳聖書から引用しています。
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週報巻頭言
週報巻頭言 : 衰えつつ喜ぶ (ヨハネ3:22–36)
投稿者 : iybpc 投稿日時: 2018-04-29 18:00:00 (59 ヒット)
週報巻頭言

あの方は栄え、わたしは衰えねばならない。 (ヨハネ3:30)

イエスは2:13以来ユダヤにとどまっています。ユダヤのどこに来たかは書いてありませんが、人々にバプテスマを授けていたのです。その時点ではヨハネと同じ悔い改めのバプテスマだったのでしょう。ヨハネもサレムに近いアイノン(サマリア最北部か)でバプテスマを授けていました。ふたりが同時に宣教していた時期があるという描きかたによって、同じ時期に同じようにバプテスマをのべ伝えてみたらイエスのほうがより多くの信者を獲得したと語ることにより、イエスがヨハネよりも優れた方であることを強く印象づけています。
 25節の「あるユダヤ人」は難解で、次節以下からはむしろ、清め(バプテスマ)を巡ってヨハネの弟子たちが「イエスの弟子たちに」しかけた論争のように見えます。バプテスマの権威は師にこそ与えられたと確信するヨハネの弟子たちにとって、イエスが同じことをして師以上の信者を集めているのは不愉快な驚きでした。そんなイエスのためにヨハネがあかししたのですからなおさらです。しかし、ヨハネの態度はきっぱりしています。天から与えられていないもの(メシアの地位)をわがものにしてはなりません。ヨハネは自分がずっとそう言ってきたことをあなたがたも知っているはずだと28節で言い、花婿とその友人のたとえを語ります。メシアが来られたことこそがヨハネの喜びです。たとい自分の役目がこれで終わるとしても。イエスも自分の栄光を求めません。自分のことばではなく父のことばを語り(7:16)、自分の意志ではなく父の意志を満たす(5:30)だけなのです。
 ただひとり天から下って来た方が見たこと聞いたことをあかしなさるのに、かつてはみんながあの人のほうへ行ったのに、ヨハネが福音書を書いている1世紀末にはだれもそのあかしを受け入れなくなっていました。ただ、受け入れて命にあずかる者もいます。こうして全人類が二つに分かれるのは、神の意図ではないかもしれませんが、1世紀末の教会が現に経験したことでした。ただ、人は神の意図を完全には知りえないことも認めなければなりません。(高市和久)

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