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週報巻頭言
週報巻頭言 : 神との格闘(創世記32:23〜33)
投稿者 : iybpc 投稿日時: 2018-06-24 13:17:49 (18 ヒット)
週報巻頭言

「神との格闘」(創世記 32:23‐33)

ヤコブは独り後に残った。そのとき、何者かが夜明けまでヤコブと格闘した。ところが、その人はヤコブに勝てないとみて、ヤコブの腿の関節を打ったので、格闘をしているうちに腿の関節がはずれた。「もう去らせてくれ。夜が明けてしまうから」とその人は言ったが、ヤコブは答えた。「いいえ、祝福してくださるまでは離しません。」(創世記 32:25-27)

主はヤコブに「あなたの故郷である先祖の土地に帰りなさい。私はあなたと共にいる」(31:3)と言われました。ヤコブは主の言葉に従い、家族と共に自分の故郷に向かって出発します。彼にとって最も心配なのは兄エサウのことです。父を騙し、自分が受けるはずであった長子の祝福を奪い去っていった弟を、兄は許すはずがないと思っていたからです。兄は今も自分を恨み、殺そうと待っているのではないかと思うと恐ろしくて仕方がありません。ヤコブは自分の身を守るために様々な準備をします。しかし、どれだけやっても彼の心に平安はありません。
ヤコブ一行は、ヤボクの川の渡し場まで来ました。その夜、ヤコブは家族全員を連れてヤボクの渡しを渡り、なぜか自分一人引き返し後に残りました。あれこれと自分を守るための策略を思い巡らし、最後に残った彼はそこで不思議な体験をします。暗闇の中誰かがヤコブに襲い掛かり格闘を仕掛けたのです。それはその時彼が一番恐れていたエサウではなく、神ご自身だったのです。神は「エサウのことを考え、思い悩む前に、まず私を見なさい」というのです。エサウとの和解はその後で良いのです。
 神は自分の努力を止めようとしないヤコブの腿を打ち関節を外されました。ヤコブはもう動くことも何もできません。しかし、彼は去っていこうとする神を離しません。神に打たれたことにより自分の弱さを知り、ただ必死に神にしがみつくことしかできなくなったヤコブ。弱さを知るということは腿を打たれ足が不自由になってしまったことではなく、自分の力だけに頼る生き方が間違いであることを知ることなのです。
 私たちにもそれぞれ「ヤボクの渡しでの神との格闘」があるのではないでしょうか?私たちにとって、弱さを知るということは時に、痛みや苦しみをともなうこともあります。しかし、そんなときこそ神に祝福を求めて、神と向き合い、神と格闘すべきです!真剣にしがみついて「祝福してくださるまでは離しません」と本気で求めましょう。その時、神は私たちの弱さを克服させ、新しい人生へと導き、私たちと共に歩んでくださるのです。                       (松 準)


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