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このサイトは日本聖書協会発行の
新共同訳聖書から引用しています。
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週報巻頭言
週報巻頭言 : 呼び出す声(創世記12:1-4)
投稿者 : iybpc 投稿日時: 2018-07-01 12:39:01 (59 ヒット)
週報巻頭言

主はアブラムに言われた。「あなたは生まれ故郷、父の家を離れて、私が示す地に行きなさい。」(創世記 12:1)

創世記12章からは、それまでの記述が、人類の生や罪の所在などについていわば根源的に語る「原初史」であるのに対して、アブラムという具体的な登場人物の人生にフォーカスをあてる(これがイスラエル史になっていくわけですが)記述となっていきます。ただし、一人の人にフォーカスをあてると言っても具体的な個人記録のようなものではありません。このアブラムという人が生きたのは、今から4000年ほど前のことですし、このアブラム(アブラハム)のことがこのようにまとめられたのは今から3000年ほど前のことです。ですから、私たちは、4000年前に生きた人のことを3000年前の人々がどのような意味合いをもって記憶し、記録したかという記述に向き合っているわけです。そこには、「アブラムという人の人生はどういう人生だったか」ということについての明確な主題があります。そしてその主題は何かと申しますと、「彼は出発した」ということなのです。
 ところが、アブラムはなぜ出発したのか、何の目的で出発をしたのか、という「出発の背景」について事細かく書かれているわけではありません。また、彼アブラムは「やがて何を成し遂げたのか」ということについても記されてはいないのです。ただ、後代の人々が、彼を記憶していく時の主眼としたのは、「彼は呼び声を聞いて出発した」「それが信仰だった」ということだけなのです。
 しかし、そこにこそ聖書が主題としている人間の生き方の原型を見るような思いがします。旧約聖書・新約聖書のあらゆる登場人物たちは、「呼び出す声」を聞いて生きた人たちだということがわかります。アブラムに始まり、モーセも、エレミヤも、イザヤもそうです。イエスの弟子たちも、もちろんパウロもそうです。皆、それまで包まれてきた生活、家族、その他のつながりの中で「呼び声」を聞いている。自分の願望の声ではない。その証拠に、その声に従った者たちは試練と艱難を余儀なくされていきます。ところが、そこでこそ神の御心(福音)が証しされます。そうです。福音宣教は、すべて出発した人々によってのみ証しされています。呼び出す声、切り出す声に応えて、出発するような出来事を通してのみ福音は明らかにされていくのです。 
(吉癲ヽ陝


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