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このサイトは日本聖書協会発行の
新共同訳聖書から引用しています。
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週報巻頭言
週報巻頭言 : 約束の成就と神の御心(創世記 21:1‐8)
投稿者 : iybpc 投稿日時: 2018-07-29 19:49:00 (46 ヒット)
週報巻頭言

主は、約束されたとおりサラを顧み、さきに語られたとおりサラのために行われたので、 彼女は身ごもり、年老いたアブラハムとの間に男の子を産んだ。それは、神が約束されていた時期であった。(創世記 21:1‐2)
       
創世記21章には、アブラハムとサラの子、「イサクの誕生の出来事」が記されています。子どもの誕生、特に男の子の誕生という出来事は、アブラハムの生きた時代、また、創世記が書かれた時代の人々にとって大きな「祝福のしるし」でした。
このような「祝福」の価値観は現代の日本でも見られる「価値観」です。そして、この当たり前に思える「価値観」が悲しみや痛み、そして、差別を生んでいることも見過ごしてはならないでしょう。特に、少子高齢化の進む現代の日本の中で、子どもを得ることへの評価と子どもを持たないことへの批判の言葉が、時には露骨に、時には巧みな形で様々な場面で表れています。そして、最近もまた「子どもを得る」ということに関連して、少数者に対する差別に満ちた言葉が政治家から発せられました。このように、聖書に記されている「価値観」が差別につながるという現実を目の当たりにしながら、私たちは創世記21章の「イサクの誕生の出来事」とどのように向かい合うことができるでしょうか。
この数日、今日のカリキュラムで与えられている『聖書教育』誌の聖書個所と向き合いながら、このような思いを巡らせていました。そのような中で、今日の宣教の準備をしようと手に取った、市川八幡教会の『週報』に掲げられた教会主題の言葉、『裂かれたカーテン〜隔ての壁を除く群れへ』という言葉が目に飛び込んできました。そして、イエス・キリストは「隔ての壁」を取り除くために、世に来られ、十字架で死なれたことを思いました。教会主題の言葉を通して、神様は差別を生むために「祝福」を与える方ではなく、差別を取り除くために「祝福」をくださる方なのだということを確認することができました。
「祝福のしるし」によって、人と人との間に上下を作り、「隔ての壁」を建てるのは人間です。しかし、「祝福のしるし」によって人間の建てた「隔ての壁」を取り除くことが神様の御心なのではないでしょうか。
(中田義直)


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