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このサイトは日本聖書協会発行の
新共同訳聖書から引用しています。
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週報巻頭言
週報巻頭言 : 「報復の無い世界へ」(ペトロの手紙一 3:8‐12)
投稿者 : iybpc 投稿日時: 2018-08-12 20:37:08 (96 ヒット)
週報巻頭言

悪から遠ざかり、善を行い、平和を願って、これを追い求めよ。(ペトロの手紙一 3:11)

ペトロの手紙が書かれた時代は、70年頃から二世紀の初頭と言われており、激しいキリスト教の迫害の時代でした。キリスト教は当時、今で言う新興宗教のようにみられていましたので、周囲の多くの人たちから激しい迫害を受けていたようです。ユダヤ教の伝統を無視して、新しい教え(イエスの教え)を説いていたわけですから、イエス様を知らない人たちにとっては、非常に受け入れがたいものでした。
 激しい迫害、抑圧、嫌がらせなどに苦しめられていたキリスト者たちに対してこの手紙の著者は、互いに同情し合い、慰め合い、助け合いなさいと励まします。どんなに理不尽な仕打ちに遭ってもそれに対して仕返しをしてはいけないと命じているのです。そして更に、迫害をしてくる相手に対して祝福を祈りなさいと命じているのです。
 もし、現実に私たちが、そのような迫害、抑圧、嫌がらせなどに苦しめられたら、その相手をゆるすことができるでしょうか。受けた痛み苦しみが大きければ大きいほど、余計に相手をゆるすことができなくなると思います。世の中には理不尽なこと、ゆるせないことがたくさんあります。相手をゆるすだけでも大変なのに、更に祝福を祈るなどということが本当にできるのでしょうか。しかし聖書は、いかなる事情があったとしてもあらゆる暴力を正当化しません。そして、手紙の著者は、詩篇34編13節から17節を引用し、それを慰めの言葉として語ります。つまり、裁きはすべて主の手の中にある、というのです。裁き(報復)の心をすべて主に委ねよ!と勧めているのです。
イエス様は、人々に裏切られ、ののしられ、辱めを受け、十字架につけられ、絶叫するほどの苦しみを味わって死なれました。しかし、イエス様は自分を十字架につけた人たちを一切恨むことなく、報復することなく、それどころか、最後の最後まで人々を愛し抜かれました。迷い出た羊を最後の最後まで探し抜かれました。イエス様のこの非暴力を貫かれた生き方こそが、平和を実現する唯一の生き方であり、道なのです。
                                    (松 準)


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