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このサイトは日本聖書協会発行の
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週報巻頭言
週報巻頭言 : 「奇跡によって示される主の思い」(ヨハネによる福音書6:1-15)
投稿者 : iybpc 投稿日時: 2018-08-19 22:55:24 (66 ヒット)
週報巻頭言

「イエスは目を上げ、大勢の群衆が御自分の方へ来るのを見て、・・・」
(ヨハネによる福音書6章5節前半)


  今日の聖書の箇所は、有名な「5千人の共食」の物語です。イエス様が五つのパンと二匹の魚をもって5千人のお腹を満たした、という奇跡的な出来事が書かれています。たった5つのパンと2匹の魚を何倍にも増やしたイエス様の力は素晴らしい!これは神の奇跡だ!というふうに読まれてきた物語だと思います。しかし、今日はなぜイエス様がそのような奇跡を行われたのか、その理由に注目をしてみたいと思います。
 「イエスは目を上げ、大勢の群衆が御自分の方へ来るのを見て・・・」(5節前半)とありますが、並行箇所であるマルコによる福音書にはこのように書かれています。「大勢の群衆を見て、飼い主のいない羊のような有様を深く憐れみ・・・」(マルコ6:34)。
 この「深く哀れみ」という言葉はとっても大切な言葉です。なぜならこの言葉の中に私たちに対する神様の思いが明確に示されているからです。多くの聖書で「憐れみ」と訳されているこの言葉(スプランクニゾマイ)は、ギリシア語原典を最も忠実に訳している岩波訳では「断腸の思い」と訳されています。「断腸の思い」とは、「腸(わた)が千切れるほどの深い悲しみ」という意味です。それは、昔の中国のあるお話に由来します。
晋(しん)の武将桓温(かんおん)が船で三峡(長江の三つの渓谷)を渡ったとき、従者が猿の子を捕らえて船に乗せました。母猿が連れ去られた子猿の後を追って、悲しい泣き声をたてながら、どこまでもどこまでも必死についてきました。そして、ついにその船に跳び移ることができましたが、そこで息絶えてしまいました。その腹を割いてみると、腸(わた)がズタズタに千切れていたそうです。
「憐れみ」という言葉の中には、これほどまでに深く辛い悲しい思いが込められている。それは、ただ「かわいそう」という思いを遥かに超えています。そしてそれは私たち一人一人に対する主の思いがいかに深く大きいものなのかを示しています。これが、イエス様が奇跡を行われた理由ではないでしょうか。
今日も主はこの混沌とした世界を断腸の思いで見ておられます。主よ、私たちを、その主の思いに応え、主の愛に生きる者とならせてください。             (松準)
                                   


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