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このサイトは日本聖書協会発行の
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週報巻頭言
週報巻頭言 : 「逆転の分水嶺」(ルカによる福音書16章19節‐31節)
投稿者 : iybpc 投稿日時: 2018-09-04 09:39:45 (50 ヒット)
週報巻頭言

「そればかりか、わたしたちとお前たちの間には大きな淵があって、ここからお前たちの方へ渡ろうとしてもできないし、そこからわたしたちの方に越えて来ることもできない。」 (ルカ 16:26)

イエス様のたとえ話には、いつも不思議な逆転が含まれています。
九十九匹を野原に残して一匹を見つけるまで探し回る羊飼いの話、勤勉な兄を差し置いて家出をし放蕩に身を持ち崩した弟が、父の愛に存分に包まれていく話(放蕩息子)や、ユダヤ人たちにとっては仇敵のようなサマリヤ人こそが重傷を負ったユダヤ人を憐れみ深く介抱していく話(善きサマリヤ人)、不正などうしようもない管理人が機転を利かせて友達づくりをするやり方を主人が褒める話。イエス様のたとえ話は、そのように一筋縄でいきませんし、常になにごとかの逆転や逆説を含んでいます。つまりユダヤ人たちが前提にしてきた以下のような「救いの方程式」がひっくりかえされていきます。
「まずユダヤ人であること。それから律法をはずれることなく勉強し実行していること。そのような者には結果的に祝福としてこの世の富や栄誉がもたらされるのだということ。そういう者たち(まともなアブラハムの子たち)だけが、特別な会員のように神の国をいただけるのだ」。
このような当時の教えや通念や救いの方程式をひっくりかえしてしまう「神の愛の自由さ」が、イエス様のたとえ話にはいつも含まれています。けれども、ユダヤの指導者たちは頑なで、そこから自問することを決してしませんでした。
 このときも、イエス様の話をファリサイ派の人々はあざわらいました(16:14)。そこでイエス様は、この世での成功や栄華に酔いしれて、それだけではなく、いつしかそれを「天国への通行証」だとさえ思い違いしていたファリサイ派の人々に向けて「金持ちとラザロ」の話を語って聞かせたのでした。
 ただし、この話、生前貧しかった者は死んだら神の国に招かれ、生前大金持ちだった人間は死んだら炎に焼かれて苦しむのだという単純な図式ではありません。でもイエス様は、次のことを明確におっしゃっています。「奢り高ぶり人々を侮っている人間が考えもしなかったような逆転が、神の前では起こるのだ」ということをです。その上で、イエス様は傲慢なファリサイ派の人々に問うたのです。「あなたは、自分に与えられたそれらの恵みを、門前の貧しき者とわかちあったか。神の国の鍵は、逆転の分水嶺は、あなたの門前にあるのではないのか」と。                          (吉癲ヽ陝法                                                    


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