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このサイトは日本聖書協会発行の
新共同訳聖書から引用しています。
聖書 新共同訳:
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Common Bible Translation
(c)日本聖書協会
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週報巻頭言
週報巻頭言 : 「主イエスが見るところへと導かれて」  (マルコによる福音書 6章30‐44節) 
投稿者 : iybpc 投稿日時: 2019-03-10 20:24:21 (77 ヒット)
週報巻頭言

「あなた方が彼らに食べ物を与えなさい」
     とお答えになった。 (マルコ 6:37)

明日3月11日で東日本大震災から8年目を数えます。この8年それぞれどのような歩みだったでしょうか。私は3月11日の被災後、結果として避難所的な働きや地域へ会堂を開いたり、皆様から届いた物資を地域や必要のあるところに運ぶなどの初期の働きから始まり、次第に現地支援委員会、教派間協力、宗派間協力による支援に加わり、「できることはみなしよう」と思いながら4年を過ごしました。阪神淡路大震災を経験した牧師が、ご自分の経験を「引き出されてしまった」と表現した言葉を聞いたとき、自分を振り返って深くうなずいたことを覚えています。その後の埼玉では、病気のため自分の生き死に集中せざるをえない日々でしたが、体力も戻って来て市川八幡教会のご依頼にもお応えできることになり、やっと新たに3・11に向き合う時が与えられたように思いました。実はそれが思いがけずきつい日々になりました。被災後を生き、支援に関わる中で見たこと聞いたことにまつわる感情も含めた諸々が、それぞれの箱を飛び出して押し寄せる感じになることもありました。きっと被災地で「記念日反応」と呼ばれるものと似たものなのでしょう。しかしそれ以上にきつかったのは、被災後の今を直視することでした。8年後の今の現実をそのまま知ることは、同時にこれまでやはり見たくないと思ってきたこと、できれば避けたいと認めようとしなかった姿を突き付けられることでした。けれどもその状態でいる以上、共に生きさせていただくことはできないのです。
 主イエスと弟子たちが、休むために向かった場所にも人々は集まってきました。弟子たちの疲れもよくわかります。しかし、同じ人々を見ていながら、主イエスと弟子たちの間には見て判断したことに違いがありました。主イエスはその人々の「飼い主のいない羊のような有様」という現実を見て、知って、受け止めました。その現実から共に生きようとされる主イエスの「あなたがたが彼らに食べ物を与えなさい」の言葉は、弟子たちを試したり諭したりする言葉ではなく、「わたしたち」として一緒に生きていかないか、という呼びかけではなかったでしょうか。
           (ふじみ野バプテスト教会 井形英絵)                                                                                                                                     


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