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このサイトは日本聖書協会発行の
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週報巻頭言
週報巻頭言 : 「マタイ受難曲〜バッハの信仰」 (マタイによる福音書 27章45-54節)
投稿者 : iybpc 投稿日時: 2019-04-14 06:29:34 (65 ヒット)
週報巻頭言

本当に、この人は神の子だった。(マタイ 27:54)

マタイ受難曲は、バッハ研究の第一人者が「音楽という言葉では表わせない、 自分の指針となる存在」と言い、多くの著名人が「名曲中の名曲であり、人類の 遺産である」と絶賛しています。しかし演奏時間が 3 時間にも及ぶ難曲であった ため、メンデルスゾーンに見出されるまで、100 年もの間、陽の目を見ることは ありませんでした。 それ以来、時代を越え国境を越えてその人気は高まり、人の心を捉え続けてい ます。なぜでしょうか? バッハはルターの影響を受けて育ち、20 分にも及ぶ礼拝の為の音楽を毎週作曲 しました。彼は音楽の使命は何かを問いつつ、自分の音楽は神の栄光を表わすた めにあるのだという明確な認識を持っていました。 この受難曲は「来なさい、ご覧なさい」「誰を?」「十字架に屠られた小羊を」 と歌う合唱で始まり、マタイ福音書 26 章の『最後の晩餐』から 27 章の『墓が封 印される』までを、語り手のレチタチーヴォ(朗唱)、合唱、コラール、アリアで 歌われます。最後は「われら涙してひざまずき、墓の中のあなたに呼びかけます。 安らかにお休み下さい。」との大合唱で終わります。 この曲は私たちがイエスの死に立ち会った感じにさせます。バッハはキリスト の受難を自分の目の前で起こった出来事として深く受け止め、神に語りかけ、祈 りつつ作曲したのです。そして人間の心の奥に在る、こうしようと思っても出来 ない弱さ、哀しさ、もろさ、醜さ、傲慢さ、残酷さを音楽で表現し、聴く私たち の心を神へと向かわせます。そして私たちの中に共通して存在するこれらもろも ろに光が当たり、神に憐れみと慈しみを願い求めるのです。 「わたしの心よ自らを潔めよ。世よ出て行け、イエスに入っていただくのだ」 と歌う最後のバスのアリアは、バッハの信仰告白のようで私たちもアーメンと唱 和するのです。 私たちの心は世の事でぎっしり詰まっていますが、今年の教会課題「静まって 聴く」とは、イエスに心を明け渡すことではないでしょうか? (教会学校・旧Cクラス:眞嶋 広実)


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