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このサイトは日本聖書協会発行の
新共同訳聖書から引用しています。
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週報巻頭言
週報巻頭言 : 「復活、希望のはじまり」 (マタイによる福音書 28章1-10節)
投稿者 : iybpc 投稿日時: 2019-04-21 20:19:01 (90 ヒット)
週報巻頭言

イエスは言われた。「恐れることはない。行って、わたしの兄弟たちに ガリラヤへ行くように言いなさい。そこでわたしに会うことになる。」 (マタイ28:10)

「マグダラのマリアともう一人のマリアが墓を見に行った」(1節)という言葉には、 どんな意味が含まれているのでしょうか。彼女たちは家父長制に基づく男性中心的な 中近東の文化の中で、女性蔑視という社会的差別を受けるほか、重度の精神的疾患を患 い、宗教的な差別にもさらされていました。二重、三重の差別にさらされていた彼女た ちにとって、主イエスの教えと生き方は、まさしく「福音」そのものでした。主イエス によって癒やされ、新しい人生を取り戻した彼女たちは、当時の文化では、きわめて稀 な「女性の弟子」として、物心両面でイエスと十二弟子たちを支えることはもちろん、 福音宣教の一翼を担うようになりました。 ところが突然の主イエスの逮捕と十字架上の死は、青天の霹靂のような出来事でし た。主イエスの死は、もっとも頼りにしていた存在が突然いなくなった悲しみ以上に、 自分の存在が絶たれてしまったかのようなものだったのでしょう。「墓を見に行った」 ということは、ほかならぬ、生きる希望を失い、絶望感にさいなまれている姿をあらわ す表現であると思います。しかしそれが終わりではありませんでした。絶望のどん底の 中、彼女たちは復活のイエスに出会うのです。復活の主の第一声は、「恐れるな」でし た。それは、絶望が希望に変えられる、「希望のはじまり」でした。絶望の中で苦しみ 悲しんでいた彼女たちが、最初の復活の証人として、新しく生きようとする希望に満ち あふれるときだったのです。 私たちの生きる一日一日は、ある意味では誰も経験したことのない未知の世界です。 それ故に期待感でわくわくするときもあれば、不安にさいなまれるときもあります。し かし、復活の主が、決して私たちを「ひとりぼっちにさせない」ことを忘れずに、どん な状況に置かれていても、「恐れることはない」と私たちに語りかけてくださる復活の 主に信頼しつつ、希望をもって誠実に歩んでいきたいと思います。 (日本バプテスト連盟宣教研究所・所長 朴 思郁)


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