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このサイトは日本聖書協会発行の
新共同訳聖書から引用しています。
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週報巻頭言
週報巻頭言 : 「絶望を越える命」 (ヨハネによる福音書 11章38-44節)
投稿者 : iybpc 投稿日時: 2019-05-12 07:50:16 (80 ヒット)
週報巻頭言

「ラザロ、出て来なさい」と大声で叫ばれた。 (ヨハネによる福音書 11:43)

本日は召天者記念礼拝です。 先に天に召され、私たちと交わりのあった方々、愛する方々を覚える礼拝です。 作詞家の永六輔さんは「人間は二度死にます。一度目はその肉体の命が終えるとき です。二度目はその方を覚える人が一人もいなくなった時です」と故人を覚えること の大切さを話していました。私たちは、死は人生の誰でもが向かう終着駅、死んだら おしまいと考えていないでしょうか。死は当人にとっても、周りの人々にとっても計 り知れない揺さぶりをもたらします。 死は人と人の関係を分断してしまいます。死の現実は人を、悲しみ、嘆き、苦しみ、 怒り、不安の中に放り込みます。死は絶望という闇の淵に人を投げ込むのです。 19世紀の思想家キルケゴールは、その著書で「死に至る病」とは「絶望」であると 言っています。そして病で死んだラザロの甦りの出来事について、「キリストが墓の 側に歩み寄って『ラザロ、出て来なさい』と呼ばれた時、この病は死に至るものでは ないことは確かである。しかし、たとえキリストがその言葉を口にされなかったとし ても『復活であり、命』であるキリストが墓に歩み寄られるという事だけで、この病 が死に至らないことを意味してはいないだろうか。キリストが現にそこに居ますとい うことが、この病が死に至らないことを意味していないだろうか」と語っています。 ラザロの出来事の意味するところは、死の力の前で絶望する人々に対して、キリスト の十字架と復活による勝利を前もって現しているのです。その事によって、神の栄光 を現し、キリストが死の力を根本的に打ち破って下さる方であることを証ししている のです。 キリストは人々に言います。『ほどいてやって、行かせなさい』。いろいろな束縛で 絶望の中にあったラザロを解放し、人々との交わりの中へ戻るよう宣言されていま す。そしてラザロの解放は周囲の悲しむ人々にも慰めと希望を与えたのです。 (眞嶋 豊)


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