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このサイトは日本聖書協会発行の
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週報巻頭言
週報巻頭言 : 「投げ捨てられた塩」ルカによる福⾳書14章34-35節
投稿者 : iybpc 投稿日時: 2019-09-15 18:09:51 (39 ヒット)
週報巻頭言

確かに塩は良いものだ。だが、塩も塩気がなくなれば、その塩は何によっ て味が付けられようか。畑にも肥料にも、役立たず、外に投げ捨てられる だけだ。聞く耳のある者は聞きなさい。 (ルカ14:34-35) 東日本大震災から8年6か月。復興支援の歩みの中で、また教会形成の歩みの中で、私 は、聖書の言葉が新しい命をもって心に響いてくる経験をしてきました。その聖書の言 葉の一つが、今回の礼拝で分かち合わせていただく、ルカによる福音書14章34-35節の 言葉です。 この塩の話は他の福音書にも記録されていますが、ルカによる福音書の塩の話は、他 の福音書と少し違う書き方になっています。ルカでは、塩の話は非常にシンプルになっ ていて、さらに「聞く耳のある者は聞きなさい」というイエスさまの問いかけで終わっ ています。イエスさまは、「何を聞きなさい」と言っているのでしょうか。震災を通し て、私は、このルカの塩の話は、「役に立たないものとして投げ捨てられた塩の叫び」 がテーマとなっているのではないかと考えるようになりました。投げ捨てられた塩の 叫びを、私たちは聞かなければならないのです。 確かに塩は良いものです。味を付けることができ、食品の腐敗を防ぐこともできる。 人間になくてはならない栄養素の一つでもあります。今も昔も大事にされ重宝されて きた塩。しかし、いざその塩から「塩気」が取り去られてしまったら、「役に立たない もの」と見做され捨てられてしまう、この落差。私たちは通常、塩の「存在」自体を尊 んでいるわけではなく、「塩気」という「能力」を尊んでいるだけであり、もしその塩 から「塩気」という「能力」がなくなってしまったら、人々はその塩に何の価値も見出 せずに、「もういらない」と平気で外に投げ捨ててしまう。この悲しみと問題性をイエ スさまは示し、私たちに問いかけているのではないでしょうか。 「人や社会の役に立ちたい」と願うことは大変尊いことですし、素晴らしいことで す。しかし同時に心に留めておきたいことは、「役に立つこと」を何よりも優先する価 値観に生きると、「役に立たない」と見做された他者の命を軽んじ、時には自分の命を も軽んじてしまうことがあるということです。人間の価値は、人の役に立つとか社会の 役に立つとかで決定されるものではありません。塩から、たとえ塩気がなくなったとし ても、私たちの神はその存在自体を深く愛しておられます。人々が取るに足らないと見 做すものや人々が投げ捨てるものを、神は拾い給う!その希望と慰め、そしてチャレン ジを受けてこの世を歩み直したいと願います。 仙台長命ヶ丘教会牧師 金丸 真


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