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このサイトは日本聖書協会発行の
新共同訳聖書から引用しています。
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Common Bible Translation
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週報巻頭言
週報巻頭言 : 「生命の真ん中」 創世記 2 章 7-9 節/15-18 節、3 章 1-9 節
投稿者 : iybpc 投稿日時: 2019-09-22 20:08:09 (24 ヒット)
週報巻頭言

主なる神は、土(アダマ)の塵で人(アダム)を形づくり、その鼻 に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった。 (創世記 2 章 7 節)
神ヤハウェがこの世界を創造したとき、その最後に人間をお造りになりました。それ は神の天地創造の決定的な喜びでした。神の息を受けるもの、神の想いを受けとめ、神 に向かい合って生きる存在を世界に据えたのです。また、人が独りで神と向かい合うだ けではなく、神と人が息を交わすように、人と人とが息を交わし合い共に向かい合って 生きていくようにと、骨と骨・肉と肉を分けあう他者として、人格を異にするパートナ ーを造られたのです。この「異なる者が向かい合って生きる」という「かたち」こそが 「神のかたち」「神の似姿」でした。 にすがた 人間は神から自由と使命を託されました。「園のすべての木から取って食べなさい。」 人間に生きる糧を、それもどの木から取って食べても良いという自由をお与えになりま した。と同時に、「産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ。すべての生き物を支配せ よ(豊かに保て)」という使命を与えられたのでした。望外の祝福、望外の幸せです。神 と人が向かい合い、人と人とが共に生き、そして神さまのお造りになった世界を「祝福 の世界」として満喫し、喜び、賛美して生きる。この調和と豊かな依存と賛美の世界が、 「エデンの園」に言い表される神の祝福の世界なのです。ただし、神さまは、「許可」と 「使命」に合わせて、人間に明確な「戒め」と「禁止」を備えられました。それが、園 の真ん中の二本の木、すなわち<命の木>と<善悪を知る木>の実からは取って食べて はならないという戒め(禁止)でした。なぜでしょうか? どういうことでしょうか? それは、命を生み出すこと・命を与えることと、善と悪の判断をすること、このこと は神の業・神の領域であって、人間がそれを自分の手に握ろうとしてはならないし、そ れはできないという、はっきりとした(人間の)限界設定なのだと思います。 しかし、人間はこの善悪を知る木の実を取って食べるのです。それは、人間自身が神 のようになろうとした、という出来事です。神の似姿(創り主をおぼえて生きる、その にすがた ような神にかたどってつくられた)としてつくられた人間が、 「神のようになろうとした」 のです。そしてそのことによって、人間は、自分が真ん中になったと思ったとたん、実 に創り主を失い、まさに真ん中から離れ、エデンを追われていくのです。 吉 叶


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