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このサイトは日本聖書協会発行の
新共同訳聖書から引用しています。
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週報巻頭言
週報巻頭言 : 「余白の力」マコリントの信徒への手紙一 3 章 6-9 節
投稿者 : iybpc 投稿日時: 2019-10-13 00:17:52 (44 ヒット)
週報巻頭言

わたしは植え、アポロは水を注いだ。しかし成長させてくださった のは神です。ですから、大切なのは、植えるものでも水を注ぐ者で もなく、成長させてくださる神です。 (第一コリント 3 章 6-7 節)
植物を育てる時、たとえば土、水、光、肥料など、成長のための環境や要件はいろい ろありますが、それらすべてを豊かに受けとめながら成長していく力は、いのちそのも のの中に見えない力として託されています。そこに神さまの成長させる力があります。 草花や木の話だけでなく、人間の成長もそうです。飲ませた食わせた、着せた行かせ た、やらせた習わせた、そういう人間の業が人を育てているのではなく、成長させてく ださる見えない力によって成長します。そして教会というものもまた一つの「からだ」 ですから、何をやってみた、このプログラムをした、こんなテキスト使った、あんな研 修会をした、そういう「企画」で成長しているのでなくて、このひとつの「からだ」の 中に注がれている神さまの成長させる力が「教会」を育てます。 人間は、どうしても「余白」を埋めたくなります。見えるもの、わかりやすいプログ ラムで全部を埋めてしまいたくなるのです。成長させてくださる力、その本人の中に、 そして余白の中に込められている成長の力、見えない力を忘れてしまうと、すべて人間 の業で埋め尽くしてしまいたくなり、それが原因で疲れて倒れたり、窒息したりしてし まうことになります。 私たちが、一日のうちで何度か、目を閉じ、手を組んで、お祈りをするのは、自分の 業を中断して余白をつくるためです。自分の目で見ているもの、自分で確かめていると 思っているものから離れる。自分の手、何かを為すその手の動きを一度止める。そして 余地・余白をつくる。神さまの言葉が響く余地、神さまのお働きが働いてくださること を待ち、またそれを受けとめようとする余地、余白をつくる。「祈りの型」がそこにあり かた ます。これは「人生の構え」とも言えるでしょう。 かま 教会というひとつのからだも、成長するためには、余地・余白が必要なのです。教会 を成長させるために、すべき目配り、気配り、手配りは大切です。でもそれら私たち人 間の業が、神さまの備える成長の力以上に力があると勘違いしてはいけないのです。言 い換えるなら、見えない神さまの力、成長させてくださる神さまの力を忘れてしまうほ ど一生懸命に労苦しても、その労苦が教会を育てはしないのです。 吉 叶


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