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週報巻頭言
週報巻頭言 : 「旅路の助け」 詩編 121 編 1-8 節
投稿者 : iybpc 投稿日時: 2019-10-20 21:16:00 (41 ヒット)
週報巻頭言

目を上げて、わたしは山々を仰ぐ。わたしの助けはどこから来る のか。わたしの助けは来る、天地を造られた主のもとから。 (詩編 121 編 1-2 節)
詩編 121 編はエルサレムへの巡礼へ旅立つ人の心情と周囲の人々の祈りを唱った詩で す。しかし、エルサレム巡礼にかぎらず、わたしたちの人生そのものが旅路です。わた したちは、ふだんは自分の足下を見回す程度の歩幅と視野とで生きていますが、時とし て山々を見上げるようにして“自分の人生がこれからどうなってしまうのか”と見渡す ことがあります。その時、目的地までの道がまっすぐはっきりと見えている人など誰一 人としておりません。道はほんの少し先までしか認めることができず、そのくせ険しそ うな山が向こうに見えてしまう。そして、この道がやがてあの険しい山々の中に通じて いくのかと思うと、ほんとうに不安になるです。 「わたしの助けはどこから来るのか。」それが、生きる者に共通した不安、生きるという ことの中にある根本的な求めであり、また生きる諸所の局面に繰りかえし起こってくる 問いであると思います。 人生の旅路の真の助けは何なのでしょうか。政治体制でしょうか。社会制度でしょう か。福祉制度でしょうか。預金通帳の残高でしょうか。たくさんのコネクションでしょ うか。たしかにそれらは時としてわたしたちの助けになります。けれどもまた、人間の 作り出したシステムや関係性には、ほとんどの場合「ギブ&テイク」の条件がついてい ますし、ほんとうに困ったときに知らん顔をされたり、場合によっては罠や裏切りによ って失望に突き落とされることがあります。 そこで開き直って“頼むは自分自身の堅い信念だ”“強靱な精神力で生きてみせる”と 力を入れて生きれば何とかなるのでしょうか。ところが、人生の危機というものは、必 ずしも外から来るものとは限らず、多くの場合は自らの内面から起こってきます。傲慢 になっては落とし穴にはまり、欲望という罠もまた自分の中から無くならず道を荒らす のです。怒り、迷い、不信、疑念は振り払っても振り払っても自分自身の内側から湧い てきて旅路を 苛 むのです。間違いを犯してしまった罪悪感、あるいは病気や老いは、か さいな つてあれほど満ち満ちていた自信をあっという間に打ちのめしてしまいます。人間はほ んとうに弱いのです。わたしの助けはどこから来るのでしょうか。 吉 叶


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