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このサイトは日本聖書協会発行の
新共同訳聖書から引用しています。
聖書 新共同訳:
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Common Bible Translation
(c)日本聖書協会
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週報巻頭言
週報巻頭言 : 「神と隣人へのまごころ」マラキ書 3 章 6-10 節
投稿者 : iybpc 投稿日時: 2019-11-17 20:45:27 (22 ヒット)
週報巻頭言

十分の一の献げ物をすべて倉に運び、わたしの家に食物があるようにせよ。 これによってわたしを試してみよと万軍の主は言われる。(マラキ 3:10)
本日は、スチュワードシップを覚える礼拝として捧げます。スチュワード(Steward) とは執事や管理者というような意味で、聖書では、主人から預けられた宝を用いて働く 人物として描かれていたりします。すなわち、人は、神さまの恵みを預けられ、託され て生きているということが、すべての理解の出発点となります。自分の命も、時間も、 経済も、能力も、「預かり物」と捉える姿勢です。この理解を、自分の人生論や生き方の 姿勢(個人倫理)として捉えるのも良いのですが、さらに、自然環境への考え方や歴史 に対する責任、国家や社会への関与、また自分が生きている身のまわりに存在する人々 (隣人たち)との関係、という包摂的な視点で捉えることが大切だと思います。 以前は、多くの教会の週報には「スチュワードシップ」という欄があって、その欄に は「先週の礼拝出席者数」と「献金額」が記されていました。つまり教会が元気かどう か、教会が使命を果たしているかどうかの「ものさし」が「数や額」で表されていたと いうことです。もちろん、それらの「数や額」に含意されている内実をほんとうに理解 し、互いに支え合ったり励まし合ったりできるなら、それにも意味はありましょうが。 礼拝出席は、自分に与えられている「時間の観念」の指標とも言えます。全ての時間 を「自分(自分に関わること)」のためだけに用いるのではなく、まず神さまを礼拝し(恵 みの与え手の御心を聞いてから)歩みだそうとすること、また隣人や同時代を生きてい る人々のために心を向けたり、実際に時間を使ってみようとすること。そこから自分の 生きる時間を意味づけたり組み立てたり捧げたりすることは、まさにスチュワードとし ての素敵な姿勢です。また献金は「経済の観念」の指標だとも言えます。自分の得てい る経済は、自分が力で稼いだからここにあるのか。自分に力が無いからここに無いのか。 そんな風に経済観念を自己に押し込めないことが大切です。「恵み」は神さまからの託さ れものですから、人間は神さまの被造世界とすべての生命を保全していくために「経済」 を働かせるべきです。けれど、実際の世界・社会は、その経済の独占や不公平な分配、 権力者による搾取と着服などが起こり、とてつもない格差社会を生み出しています。 「自分はきちんと献金してます」で終わること無く、この「被造物の平和と未来」のた めに富や宝が用いられているかどうかに心を配ること。スチュワードシップに大切なの はそうした視点と姿勢ではないでしょうか。 吉 叶


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