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このサイトは日本聖書協会発行の
新共同訳聖書から引用しています。
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週報巻頭言
週報巻頭言 : 「驚き」 ルカによる福音書 1 章 26-38 節
投稿者 : iybpc 投稿日時: 2019-12-08 20:13:03 (122 ヒット)
週報巻頭言

「おめでとう、恵まれた方。主があなたと共におられる。」マリアはこの 言葉に戸惑い、いったいこの挨拶は何のことかと考え込んだ。 (ルカ 1:28-29) 天使ガブリエルは、バビロニア捕囚時代にダニエルを励まし、その祈りに応えて救いの 約束を届け、また彼に深い思慮と知恵とを授けるために遣わされました。神の使いは「平 和と解放の到来」を待望している人々への「しるし」です。それが天使ガブリエルの象徴 していることであり、旧約聖書の人々の信仰も不信仰も、成功も失敗も、喜びも悲しみも、 もがきも苦しみも、やがて天使ガブリエルが届けに顕れる「救いの約束」に向かって、そ の歴史を刻んでいるのだ、と言うことができると思います。 その天使ガブリエルが、500 年の時を隔てて(けれども、救いを待望する人々の信仰と祈 りをとらえ、結びながら)、突然・ガリラヤのナザレに暮らす少女マリアのところに訪れま す。まさに時が満ちて、神が一点を定めて(時間と場所と人物という一点を定めて)出会 ってきたのです。あたかも「突然ナザレ」、「突然マリア」、「突然ガブリエル」のように思 えます。しかし、このガブリエルとマリアの出会いは、長い歴史を束ね、神に信実を込め て祈り続けた少なからぬ人々を抱きかかえ、天地と生命をお造りになった神ヤハウェの深 いご計画が働いて、ある日、ある時、具体的な時間と場所に生きる実際の人間を直撃した、 そんな出来事でした。ここに、神の御心の実現を待ち望んできた人々の、壮大な歴史の「中 心」がつくられていくのです。つまりは、ガブリエルがもはや再登場する必要のないほど 決定的な出来事、すなわち「救い主の誕生の告知」が、この時なされたのだと言えます。 先主日、 「ガブリエルは、今日、誰のところにくるのだろうか」という問いを立てました。 それは、 「再生と解放を待ち望みながら祈りを捧げる人間が、今この時代にどこにいるのか」 という問題意識にもとづき、そのことを強調するために「ガブリエルは誰のところに」と いう問い立てたのでした。しかし今朝は、マリアと共に救い主の訪れの知らせを聞くこと によって、「ガブリエルはもう誰のところにも来ないのだ」と言い直したいと思います。 キリストが与えられたのですから。救い主が与えられたのですから。中心は据えられた のですから。それ故、私たちは、未だ聞けぬ約束・未だ見ぬ赦しに向かって祈るのではな く、また未だ見ぬ希望に向かって待ち続けるのではなく、赦しと救いを約束してくださり、 人間とその世界に再生と解放の希望を与えてくださるキリストをいただいたのですから。 わたしたちの生き方は、ガブリエルを待つ生き方ではなく、イエス・キリストによって立 ち進む生き方へと変えられていくのです。 吉 叶


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