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このサイトは日本聖書協会発行の
新共同訳聖書から引用しています。
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週報巻頭言
週報巻頭言 : 「主を求めよ、そして生きよ」アモス書 5 章 4-14 節
投稿者 : iybpc 投稿日時: 2020-02-09 18:09:25 (9 ヒット)
週報巻頭言

まことに、主はイスラエルの家にこう言われる。 わたしを求めよ、そして生きよ。 (アモス 5:4)
<信教の自由を覚える礼拝>に寄せて 「私は今、どんな理由が言われるにしても、戦争に反対します。まず第一に、イエス様の教え に反するからです。また自分の体験から、戦争が人の命を取り、衣食住を奪い、困窮を来たら せることがわかるからです。そしていま私が一番恐れるのは、『心の自由』が奪われることで す。言論の自由、思想の自由、信仰の自由が潰されることです。戦争を起こそうとするとき、 これらの自由が邪魔になり、弾圧が起こり、密告などによって、隣人、友人、親戚の間ですら 疑心暗鬼が生じるのです。ですから、私は何としても、いま与えられている平和憲法を守り抜 く努力をしたいと思っています。」(吉眸籠「非国民の子」と呼ばれて/いのちのことば 社『戦争を知らないあなたへ』クリスチャン新聞編) 私の母がこう記すのは、幼いころに経験した「固有の戦争体験」が深く関与していま す。母の父親(私の祖父)は、戦時中、尋常小学校の教師をしていました。戦争が激化 する中、祖父が教え子たちの前で口にしたふとした言葉が、祖父一家の運命を変えまし た。「もしも、君たちが戦地に行かねばならなくなったらと思うと、先生は不安で・・・」。 この言葉は、すぐに親たちに伝わり、村人へ、役人へと伝わり大騒ぎになりました。「非 国民」「アカ教師」というレッテルを貼られた祖父は、二度と教壇に立つことができなく なり、村を追われました。失意と無念の中でまもなく祖父母は死に、幼い母とまだ乳飲 み子であった母の弟とは、それぞれ、他人の手から手へと渡されていきました。ようや く親戚に巡り会い、引き取られた場所も、幼い母にとって安住の場所ではありませんで した。そこで待っていたのは、「非国民の子」「アカの子」「バチあたり」という、大人も 子どもも総ぐるみになった村人たちからの罵声と執拗ないじめだったと言います。これ が、母が幼い日に自らの身体と心で味わった「戦争体験」です。 人間の語る言葉、それは信念や信条、また信仰と結びついていると思います。それら は人間の自由にとって最も基本的なものであり、かつその人間のアイデンティティーや 尊厳につながっています。これら内面の言語を「言(ことば)」と呼ぶことができます。 人間は身体だけでなく、この言(ことば)によって生きています。私たちは「信じるも の、信じること」の自由を何よりも、誰に対しても大切にしたいと思います。しかし、 暴力をもって他者の言を封じたり弾圧したりする言(考え方)には反対します。吉盂


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