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このサイトは日本聖書協会発行の
新共同訳聖書から引用しています。
聖書 新共同訳:
(c)共同訳聖書実行委員会
Executive Committee of The
Common Bible Translation
(c)日本聖書協会
Japan Bible Society, Tokyo 1987,1988
週報巻頭言
週報巻頭言 : 重荷と十字架 マタイによる福音書16章21-24節
投稿者 : iybpc 投稿日時: 2021-02-21 13:43:09 (41 ヒット)
週報巻頭言

 フィリポ・カイサリアはユダヤと異教の地との境目にあります。これより後、ユダヤの深部・エルサレムに進んで行こうとするタイミングで、イエスは弟子達に打ち明けられました。エルサレムで、私は、多くの苦しみを受けることになる。長老、祭司長、律法学者たちから多くの苦しみを受け、殺される。この自分を待っている迫害の運命を、あからさまに、はっきりと、弟子達に語り聞かせたのです。
 これから先生は何をなさるのだろう。どのようにしてこの国の人々を救うんだろう。救済計画のロードマップを知りたがっていた弟子達です。その言葉に度肝を抜かれました。 ペテロはあわてました。動揺しました。イエスさまを脇に引き寄せて、いさめ始めます。「およしなさい、先生。そんなことおっしゃるのは」「殺されるなんて滅多なことをおっしゃらないでください」
 ついさっき自分が「あなたこそメシアです。神の子です。」と告白したばかりじゃないですか。それなのに何ですか。あなたはメシアなんでしょ。神の子なんでしょ。ユダヤの真の王なんですよ。ペトロは到底、イエスの予告を受け入れられませんでした。拒絶したのです。とたんにペトロに対して、イエスの容赦のない叱責の言葉が向かってきます。「サタンよ、退け。あなたは神のことを思わないで人のことを思っている」。
 
 ペトロの告白は結局は自分の願望、自分の思い描くメシア像の投影でしかありませんでした。イエスが、そして神ご自身が、人々の救いのためにどのような道をたどろうとしているかを見つめることができないし、打ち明けられた道が自分には受け入れられないときには、それを拒絶し、言葉を遮ろうとします。イエスは、そのような信仰のありさまのことを「サタン」と呼び、退けられます。
 このときイエスはもう明確に自分の受ける苦難と死を見つめておられました。しかもその死は十字架での死であることを理解していました。ユダヤの刑罰としての処刑ではなく、ローマの刑罰としての十字架刑を、忌まわしくも恐ろしい十字架の磔を悟られていたのです。
 十字架はユダヤ古来のものではなく、ローマがーマ帝国の全領域に広めた極刑の方法でした。この刑があてがわれるのは、ローマの政治支配に反抗した奴隷や下層民にかぎられ、ローマの市民権を持つ者にはぜったいに行われなかった刑です。
 十字架が宣告されると、その罪人をまずX型の木の枠に縛り付け、とがった骨や鉛の玉をちりばめた長い皮のムチで全身を撃ちます。その後、罪人は十字架の横木を背負って刑場にいきます。そして、そこで十字架が組み立てられ、罪人がづり落ちないように両足首のところに支えがつけられるんです。地面に寝かせてある十字架に張り付けられ、両手に釘が打ち込まれ、十字架はまっすぐ持ち上げられ穴の中に入れて立てられます。十字架は長く苦痛を与える死刑です。死ぬまでの間に仮死状態になったり、筋肉の硬直けいれんがおきたり、激しい渇きにおそわれ、発狂するものも多く、「最も残忍でおそろしい刑罰」とローマの哲学者キケロが書き残しています。イエスは、この十字架を背負う自分の姿を見ていたのです。ムチ打たれ、晒し者になり、苦しみ渇き、もだえ死ぬあの光景を見つめていたのです。
 民衆の前で栄光の内に君臨することではなく、群衆の前で晒し者になって死ぬことを。しかし、それは地上で神の思いを生き、神の国を宣言して生きた者にこの世が用意する死であることを悟り、受けとめていたのです。
 
 私たちは、だれもが軽々と人生を生きていけるわけではありません。みんな荷車を牽くようにして生きています。人生とはそれぞれが荷を背負い、荷車を牽きながら生きており、疲れを覚えたり病を得たりしながら歩む道であります。肉体を持ち、精神を持ち、限界を持って生きる人間の人生の事実です。
 さらに、そのような荷物に加え、時として重荷を背負わせられることがあります。その場合の重荷とは、ハードルの高い試練という意味での重さではなく、理不尽な仕打ちによって背負わされる類いの重荷です。例えば、それは謂われのない差別です。例えば暴力による傷と痛みです。例えば人々やこの社会から搾り盗られた果ての貧しさです。自分が生きている社会の構造の歪みや未熟さによってあてがわれてしまう無権利状態や困窮状態です。それは重圧であり、壁であり、縄であり、檻です。その人の存在を侮辱し、押しつぶそうとする、あまりにも理不尽で重すぎる重荷です。
 イエスは、人間が背負わされている重荷を知っていました。いいえ、重荷を背負わされている「この人」を知ろうとなさいました。「この人」の重荷を取り払いたいと強く願われました。それだけではなく、その人に重荷を背負わせている人々や社会にはびこっている通念を怒り、「否!」を叫びました。その都度、そこにある「重荷の主」と闘われました。それはユダヤ教指導層の神の名を語った民衆支配でした。時にそれは、武器によるローマの暴力支配でした。それに怒り、それに「否」といって不服従しました。それが、イエスの荷となりました。それが十字架への道というイエスの荷となりました。
 「人間の重荷」と「イエスの十字架」にはつながりがあります。「人間の重荷と十字架の関係」を、私たちは見落としたり見逃してはならないのだと思います。
「キリストは、私たちの罪のために、十字架を背負われた」とキリスト教では一口に語ります。罪を抽象化し、観念化し、人間の内面の苦悩の問題としてだけ理解し、その赦しのために神はキリストを十字架で身代わりとなって差し出してくださった」と出来事を心の内面の中で終結させてします。ほんとうにそれで、イエスの十字架の事実を理解したことになるでしょうか。イエスが事実、地上を生きたこと、その生き方が十字架を引き寄せたのだということに、私たちはもっとまなざしを向けなければならないのではないでしょうか。そしてそうでなければ「私の十字架」は再び内面の問題になり、「十字架を負う生き方」が観念的になっていくのではないでしょうか。
 「この人」が背負わされている重荷を見つめ、悲しみ、手を添え、痛み、そこで震え、そこで泣き、そして怒り、なんとかしたいと呻き、いっしょに立ち上がろうとする。この人の重荷への共苦と共感が、私の歩む道となり、それはその人に重荷を負わせている者の重圧を自分もかぶることになってしまう、すなわち十字架の道へとつながるのです。人に重荷を負わせる「重荷の主」は、常に狡猾で厚顔で暴力的です。つながって立ち上がろうとするものを潰そうとしてきます。だからその道は十字架の道となりますが、十字架を背負うとは、それでも痛みにつながろうとして心や身体を動かし始めることだと思います。その人の重荷のことで、悩んだり、考えたり、祈ったりしながら、それでもやっぱり「そのような重荷は人間に負わされるべきではないことを信じ続け」ることだと思います。また、考えていくと、自分自身がその「重荷の主」の一員なのだと気づかされる時があるのですが、その時には、ちゃんと打ちひしがれることだと思います。悔い改め、向き直って生きてみようとすることなのだと思います。
 ですから、十字架を背負う生き方とは、例えば宗教的な信念のために「殉教」や「殉死」を勇ましく遂げることなどではないのです。端的に言えば、他人の痛みと自分とを結びつけて生きようとする生き方のことです。
 それとは反対に、十字架を背負うことをしない生き方とは、人々の謂われのない苦しみや痛みを知っていながら黙っていること、見て見ぬふりをして通り過ぎること、何か別の理由を探してその人の重荷を「正当化」することだと思います。でもそれは、人間としての命を失うことだと思います。他人を失うだけでなく自分自身の人間性を失っていくのです。
「人は、たとえ全世界を手に入れても、自分の命を失ったら、何の得があろうか。」
 イエスの根源的な問いが心に響きます。
 
 ミャンマーでは、2021年2月1日の軍事クーデター以降、国の全土において、民衆が町に出て軍事クーデターに対する抗議活動が続いています。連日、SNS等を通して、民衆が広場や大通りを埋め尽くす様子と、それに対する武力鎮圧や夜間の襲撃・逮捕が繰り返されている様子が報じられています。
 ミャンマーは他民族の共和国連邦で、言語は350以上にのぼると言われ、かつての軍事政権により民族間での優遇差別政策がとられたことにより、大変複雑な国家体制が続いていました。そのような複雑な文脈を抱えながらも、現在、民族や地域や言語、世代の違い、セクシュアリティ、職歴など、拭い去るにはなかなか難しい「違い」のギャップを抱えながらも、軍事政権に対して「NO」を連日、違いを超えて訴え続けている闘いが、ミャンマー国内で続けられています。
 1988年の軍事政権の、あの時の苦しみの記憶がある年配の人たちも、「またもとに戻った」と嘆くだけではなく、若い世代とつながろうと、一緒に通りに出ておられます。日本でも、在日ミャンマー人たちが、ミャンマーで起こっていることを日本にいる人びとに知らせ、日本がミャンマー民衆の側に立って行動してくれることを求めて、連日、各地で集会がもたれてきました。外務省、国連事務所、ミャンマー大使館ほか、名古屋、大阪、神戸でも大きなアクションが続いています。
 ミャンマーの人たち抵抗運動は、具体的に昼間、街頭に出て声を上げる行動ですが、人々が掲げているプラカードの中にCDMと書かれたものがたくさん見受けられます。CDMとはCivil Disobedience Movement、市民的不服従運動です。軍事政権に決して服従せず、また協力しないという態度表明であり、公的な機関、企業、医療機関などで働く人びとが、「従わない」「従えない」と表明をする抵抗運動です。非暴力・不服従運動です。
 このような決死の民主化への声と態度に対して、先週から多く報告されているのは、夜間の襲撃です。電機システムを止め、CDMを表明した公務員宅を夜間に襲撃し、逮捕していくこと、それを阻止しようとする町の人びとをリンチしたり、発砲するということが毎晩くりかえされていると伝えられています。
 いま、渡邊さゆり先生の呼びかけで、毎週金曜日の朝9時から、在日ミャンマーのキリスト者たちと心配するキリスト者たちとの祈祷会がリモートでおこなわれています。その中で、在日ミャンマー人の方々が、口々に「ミャンマー国内の運動だけでは克服することができません。どうか、ミャンマー国外からみなさまの声を届けて、私たちの国を助けてください」と訴えておられます。

 十字架の道、十字架を背負う道、というものは、初めからあるものでも、決まった形があるものでもありません。目の前のこの人の苦しみ、この理不尽や不正義によって苦しめられているこの人の苦しみを目撃したとき、その痛みにつながり、その痛みを生み出すものを悲しみ、怒り、そして「それは決してこの人に、そして私たちに負わせられてはならない重荷である」と信じ、その重荷の主(ぬし)に服従しない姿の中に、十字架を負う、私の十字架を負う、という道が立ち現れてきます。
 主イエスは、そのように十字架を担われた方。そして、いまもなお十字架を負いながら本当に赦されなければならないもの、ほんとうに癒やされなければならないもののために闘っておられる方です。ミャンマーの人々が負わされている重荷、そしてミャンマーの人々が背負い始めている「私の十字架」のただ中に主イエスはおいでになります。
 また、その痛みとつながろうとする私たちのただ中に主イエスはいてくださるのです。

       了


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