キリストの香り漂う道(第2コリント2:14-17)

投稿日時 2018-06-03 20:23:53 | カテゴリ: 週報巻頭言

コリント人への第二の手紙は、パウロが自分自身の弱さを相当に開陳しながら、つまり切り開いて他人に見せながら、「弱さの中に働いてくださる神さま」のことを讃えている手紙です。普通ならば、わざわざ人には見せず語らない自分の弱い部分のことも、彼はあえて隠さないで触れながら、けれども主の僕として生きてきた人生には祝福が満ちていたことを証ししています。自分は弱いけれども、なんとか克服してやってきた、というような、回り回ったような「自慢話」ではありません。「弱さそのものを神が用いてくださる」という、神さまという方の「なさり方の不思議」にいつも驚かされてきた経験と実感を込めて証ししているのです。
2章14節には、「神は、わたしたちをいつもキリストの勝利の行進に連ならせ」とあります。口語訳聖書では「神は、いつもわたしたちをキリストの凱旋に伴い行き」となっていますから、いっけん勇ましく華やかな意味合いに聞こえてきます。
けれども、常に勝利の行進をしているなどということは、実際のパウロの人生には全くと言って良いほどありませんでした。そのような「戦勝気分」「英雄気分」に浸れるような経験はほとんど無かったと言えます。11章16節以下を読めばわかるように、息つく暇の無い苦難と艱難の連続の人生でした。にもかかわらず、「主はいつもわたしたちを『キリストの勝利の行進に連ならせ』ていてくれた」というのが、パウロの自己理解であり人生理解でした。苦難の只中で、生きて顕れる生命の力があり、その香りが漂っている、と。
「どのような時もどのような場面も、結局のところそれはキリストの愛が勝利していた行進だったし、キリストの愛の足跡がついている。苦しみの道、茨の道。実にキリストご自身の道がそのような道でありながら、それは神の愛の勝利の道、神の和解の成就の道、そして復活の道であった。あの赦しの方、あの癒しの方、あの愛の方、あの低きに降られた方イエス・キリストが人生に寄り添ってくださるのであるから、私の人生が人目にどう映ろうとも、神の慰めと祝福に満ちた勝利の道なのだ。」パウロはそう証しているのです。
(吉癲ヽ陝




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