「心を神に向けて」  (マタイによる福音書 4章12-17節)        

投稿日時 2019-01-06 17:03:28 | カテゴリ: 週報巻頭言

そのときから、イエスは、「悔い改めよ。天の国は近づいた」と言って、宣べ伝え始められた。(マタイ 4:17)

新年、明けましておめでとうございます。皆さまの上に、主の導きとお守りをお祈りいたします。さて、新年礼拝にあたって、今朝は、怒りが沸点に達したような時代のガリラヤから主イエスが宣教を始められた記事を読んで参ります。
 人々の中から、怒りというものが湧き出てしまう時代があります。怒りというものが同時代を生きる人々を呑み込んでいってしまうような状況があります。正しいとされてきたことが踏みつけられてしまうような、もう怒り叫ぶことしか正しい者のなすすべがないような地点において、主イエスは時を見定め、福音宣教を始められたのです。
 ほんとうに暗い時代、正しい人が、実直な人が苦しむ時代に、イエス・キリストは、愛と慰めと赦しを届け、「神があなたと共にいる」「神はあなたに近づいた」「あなたはもうこれ以上、自分を傷つけてはいけない」「あなたはもうこれ以上自分を失ってはならない」「神の愛は近づいた、神の国は近づいた。あなたの心を、あなたを愛する生ける神に向けて生きて生きなさい。」と呼びかけ、励ましていったのでした。その声は、いま、わたしたちに向けられています。
 キリスト者で詩人の八木重吉さんの短い詩を二篇紹介します。彼が、自分自身の中に宿る「怒り」を見つめた詩です。
●なにゆえぞ わがこころに いかりといふもののわく        
   いかるときは みづからのにくたいすら        
   屍のごとくに こんこんとくちてゆくなり       
●自らを怒り 他人(ひと)を怒り また 他人を怒っては 自らを怒る
   かくて わたしは つくる日無く 寂しい
 しかし、また八木重吉さんは、そうした「怒り」に満ちた自分にキリストが宿る新しさを詩に書いています。
●きりすと われによみがえれば よみがえりにあたいするもの
すべていのちをふきかえしゆくなり
うらぶれはてしわれなりしかど あたいなき すぎこしかたにはあらじとおもう
(協力牧師 吉癲ヽ陝法                                                                                                                                     




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