「十字架の主に結ばれる」 (ガラテヤの信徒への手紙 6章11-18節)

投稿日時 2019-06-02 16:51:01 | カテゴリ: 週報巻頭言

しかし、このわたしには、わたしたちの主イエス・キリストの十字架のほかに、誇るものが決してあってはなりません。(ガラテヤ 6:14a)
                     
【就任の辞】
主の御名を賛美いたします。
私・吉盂陲蓮∋埓酥幡キリスト教会よりいただきました牧師への招聘に、感謝と新たな決意をもってお応えし、これを受諾申し上げます。これより、私は、市川八幡キリスト教会の牧師として聖書を読み、祈り、考え、語り、交わることを「自分の務め」として受け取ります。
市川八幡教会にとって、必ずしも、私が最適な者であるとは思いません。しかし、この杯、この使命を受け取る決心をした以上、私が市川八幡教会の牧師であり、それゆえ、果たすべき責務があることを忘れず、その立場から逃げず、努力していく所存です。とりわけ、「隔ての壁を取り除きたい」と掲げる市川八幡教会の牧師として、まずは自らの中にある「壁」を見つめ、それが砕かれることに自らを開きたいと思います。自分を自分自身で守ろうとする「力み」から解き放たれ、何事も「決まっていること」として語らず、また自分が知っている者として傲らず、私の外から届く声に耳を傾けることに努めたいと願います。
ただ、こうした思いを抱いていながら、なお、自分に固執するあさましい人間でしかない私です。どうぞ、皆さまから、時に厳しい諌めを、できれば優しいご助言を賜りますよう、謹んでお願い申し上げます。
何より、牧師としての務めは、私に固有・特有の職務ではなく、教会に連なる皆さまとの関係の中で立てられていく「関係の職務」だと思います。ですから、私は、皆さまとの協力・協働を心から求めます。「主イエス・キリストの十字架と復活が、なぜ、人間にとって解放の出来事であるのか。」「福音とは、こんにち、私たちにとって、私たちが出会う『この人』にとって、何なのか。」このことを、ぜひご一緒に求め、ご一緒に味わい、ご一緒に経験し、さらに多くの方々とわかちあっていく「求道」と「伝道」の歩みに励んで参りましょう。
主イエス・キリストのみが、まことの主、教会の主であります。
主に栄光が、世に平和がありますように。 アーメン
これをもって、「就任の辞」といたします。               主にありて
  2019年6月2日
            市川八幡キリスト教会 牧師 吉癲ヽ
                                                                                                                  




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