はじめての方へ
メニュー


このサイトは日本聖書協会発行の
新共同訳聖書から引用しています。
聖書 新共同訳:
(c)共同訳聖書実行委員会
Executive Committee of The
Common Bible Translation
(c)日本聖書協会
Japan Bible Society, Tokyo 1987,1988
投稿者 : iybpc 投稿日時: 2020-09-20 13:24:52 (70 ヒット)
週報巻頭言

 400年間にも及ぶエジプトでの奴隷状態にあえぎ、生きる喜びや目標、また生命の根拠を知らず拝するものを持てないそのようなイスラエルの民を、神は悩みの鎖から解き放ち、自ら主を礼拝し人生をかたちづくることができる場へと導き出したのです。
 けれどもそんな信仰共同体・「礼拝する群れ」は一朝一夕(いっせき)につくりあげられたのではありませんでした。神に不満と不平をぶつけつづけ、自分たちの欲しいもののために神を呼び出そうとするこの民の移ろい易さと軽薄は幾度も神の怒りと悲しみを引き起こしました。にもかかわらず、荒れた地面と荒れた民の気持ちを包むように朝毎に降り注がれるマナに養われて、この民は歩んでいきました。イスラエルは、そのようにして年月を過ごし、世代を重ねていきました。私は、この「荒れ野の40年」という経験を通して、決して「世代の違い」という事で忘却することのできないイスラエルにとっての根本問題を、民の一人一人が(それこそ世代を超えて)刻銘に経験していったのだろうと思います。それは、とにもかくにも人間として繰り返してしまう神への背信の追体験です。
「あれがない、これがない」という不満、「神はほんとうにいるのか」という疑い。「もしいるなら○○してみろ」という神への試み。それを大人たちも子どもたちも、必ずどこかで誰もが自分の心に宿し、自分の口から吐いたのです。それを自分の罪として経験し、神に砕かれていったことでしょう。自分自身の不遜な罪との直面、神の赦しとの直面、これが世代を超えてみんなが自分自身に経験したことでした。

 それと共に、イスラエルの人々にとって世代を超えた共通体験が他にもあります。毎日マナを食べたということです。年老いたものも若者も、それを食べて生きた。「じいさんたちの若い頃はマナを食ったらしいね」というのではありません。子どもたちも食べて大きくなった。若いからと威張っても、その若い力でもってしても、荒れ野で何一つ食べ物を生み出すことなどできなかったのです。「生きる」ということの根源を支えているのは、人間の体力や能力ではない、「神の養い」にある、そのことを共通体験として叩き込まれながら、この民は40年を過ごし世代を重ねたのでした。
 市川八幡教会は、設立よりそれ以上の年月を歩んで来ました。そしてここにいる私たち一人一人はここに繋がれた時はそれぞれ違っていますが、自らの罪がここで知らされ、自らの赦しもまたここで知らされ、私たちを養う方をやはりここで知らされた、と、そうした共通経験や共同体験を、ここでいただいているのだ、ということを忘れてはならないのではないでしょうか。

 神は、奴隷の地からの解き放ち・「エジプトからの出発」という目的をもってイスラエルを導き出しましたが、もう一つ「神の民への出発」という目的をもイスラエルに対して抱いておられました。「○○からの自由」ではなく「○○への自由」です。それが、平たく言えば、イスラエルに戒めや教えを与えて、世界(歴史)の中で「祭司の民」のように育てたいと期待していました(出エジ19:5-6)。祭司の働きとは何でしょうか。それは、神を礼拝する仕事です。礼拝に人々を招く仕事です。そして、すべての人々の謙虚な気持ちを集め抱えて、自らが真っ先に神の前にひれ伏し、神の憐れみを求める役目です。さらに、神の赦しと祝福の言葉を、すべての人々に語り聞かせる仕事です。祭司とは神と会衆に使える働きなのです。
 イスラエルが神から選ばれたのは、清く立派な民族だったからではありません。神が、奴隷生活の中で苦しみの叫びをあげている人々の声を聴き、助け出される方であること。武器と富とによって世界をまとめられるような方ではないこと。神の約束を信じ、神の戒めを守って共に生きていくときに、調和した世界と平和とが実現するのだということを、宣べ伝え、自ら実践して生きる、そんな共同体づくりのためにイスラエルは選ばれました。 そのために、神がイスラエルに授けた“道しるべ”が「十戒」であり、イスラエルの民が40年の荒れ野の生活の中で、共通経験として身体でおぼえていったのが、マナと共にこの「十戒」という戒めです。
「十戒」は言うまでもなく旧約聖書の中核にあたるものだと思いますが、新約聖書を重んじるキリスト者にとっても、人生の指標として深く重大な戒めだと思います。「十戒」は、決して、人間がその時代を生きる上で、うまく社会をつくるためのルールとか、時代状況を勘案しその現状に即して整備していくガイドラインのようなものとは違って(そういうものはどんどん変えられたり、増えたりしますけれども)、たとえどのような時代に生きようとも、どのような価値観の社会が訪れようとも、わたし自身が、いろんな鎧や衣をはがし取られたときに(丸裸のようになったときに)、「わたしは何であり、いかに生きるのか」という、わたしが人としてあることの基本形を教えられている「いのちの戒め」だと思います。
 荒れ野というところは、人間の力をどうにも発揮しようもなく、いかんともし難い場所であり、それゆえに人間の罪や弱さが噴出する場所です。また、人間が着飾ってごまかしたりしようのない場所、すなわち、「人間がすぐに丸裸にされる場所」だと言えますが、そのような場所で、「自分自身が神の前で何であり」、また「他者との間で何であるのか」を問うています。前半四つが神との関係に関わることです。生きるということの立ち位置の一つは神の前に生きるということです。あの象徴的な神の問いを思い出しましょう。「あなたはどこにいるのか(禁断の木の実を食べたアダムとエバへの問い)」という端的な問いに示されているように、「神の前に生きているか」という問題です。そして十戒の後半は他者との関係。他者の前に立つ立ち位置のことです。ここでも、あの象徴的な神の問いを思い出しました。「あなたの兄弟はどこにいるのか(弟アベルを殺したカインへの問い)」という踏み込んだ問いに示されているように「あなたのきょうだい、あたの隣人はどこにいるのか」と、関係がまっすぐであるかどうかを問うてきます。こうした、生きる上での基本的な位置と姿とをきっぱりと問いかけてくるのが「十戒」であると言えます。

 「十戒」の原文は独特の否定形が使われていまして、「殺してはならない」「姦淫してはならない」「盗んではならない」と訳されているところも、「あなたは殺さない」「あなたは姦淫しない」「あなたは盗まない」と記されています。原文のニュアンスをもう少し強く出すならば「あなたには殺すことができようか、できない。」「あなたには盗むことができようか、できない」と訳す方が原文の意を汲んでいます。つまり、これは単なる禁止ではなくて神との関係性からくる応答的な戒め、関係的な倫理なのです。単に、人間社会を秩序づけるためのルールとか立派な人間のモデルというのではなく、神との関係の中で、「私がもはやそのようなものとして生きるしかない者」であることを明確に宣言している戒めです。ですから、この戒めには基礎といいますか土台があります。この戒めを受けとる人には前提があってそれに基礎付けられています。それが20章2節の言葉です。 わたしはあなたの神、主であって、あなたをエジプトの地、奴隷の家から導き出した者である」(20:2)
 神がわたしを、奴隷の家、鎖につながれている場所から導き出してくださった。神の恩寵と恵み(解放・贖い)によって私は今を生きている。神が私にしてくださった絶大な救いの働きによってわたしの命は基礎付けられ、わたしの生き方が方向づけられています。それゆえに、「あなたにはわたしをおいて他に神があってはならない」という第一戒からの戒めが始まっていくのです。この2節が、このわたしにもあてはまるのです。

 ところでこの第一戒は「あなたはわたしの顔の横に他のものをならべてはならない」というのが直訳に近いです。生きる上で、私たちにはたくさんの大切なものがあります。自分を支える大切なもの、それは収入を得るための仕事であり、自己実現を果たすための活動であり、愛する家族や恋人であったりします。でも、その大切なものでさえ「神さまの顔の横に並べてはならない」のです。それらが人生にとって大切であることは当然のことですが、それらを「神さまの顔の横に並べてはならない」のです。
 さに「刻んだ像」をつくるな、戒められています。像になにを刻むのでしょう。何を彫るのでしょう。まぎれもなく人間の願望です。私たちの願望、私たちの理想、それを神にしてはならないのです。
 この世には、たくさんの神がいますし、たくさんの教えがあります。それを信じる人たちのことを決して軽蔑してはなりません。決して悪い教えばかりではなく、傾聴に値する内容もたくさんあります。また、宗教・信仰ではなくても、この世には生活を充実させてくれる多彩なプログラムやムーブメント、ボランティア活動などもあります。それらも楽しいものですが、やはり私たちにとっては、それらを「神さまの顔の横に並べてはならない」し、私たちの理想や信念や願望を刻み込んで祭り上げて拝んではならないのです。
 何かの前に別のものを並べる。言い換えれば対置させて相対化する、ということです。一つのことを絶対化しないで、あらゆることを相対的に考える習慣や姿勢はとても大切です。でもどうしても、他のものを持ってきて並べてはならない場所がある。それが神さまです。それをやり始めると、並べてる自分が神になる。そういうあっという間の逆転が起こるのです。私たちはこのことを忘れないでいたいと思います。今日も礼拝の中でご一緒に市川八幡教会の信仰告白を共に告白しますが、この私の命をつくり、この私のために、イエスを届けてくださり、あの命の道をもって私、とりわけ苦しみを抱えて生きる私の生きる痛みを知ってくださり、また私の中にある抜きがたい罪深さを憐れんでくださり、十字架に架けられながら私の存在の赦しのために祈ってくださり、贖い・解放を宣言してくださった、イエス・キリスト。あの主イエスをくださった神はヤハウェ・聖書に証された神だけなのです。それが、わたしの生の土台、わたしの20章2節なのです。
 イスラエルにとっては、エジプトから導き出した神、奴隷から解放してくださった神は「この神・ヤーウェだ」という明確な神の確認、そしてその神との関係がすべての基礎であるのですが、私たちキリスト者にとっては、イエス・キリスト、その一人子を賜うほどにわたしを愛し、わたしを罪の奴隷から贖いだしてくださった父なる神さまとわたしの関係、この関係をわたしの人生の基礎付けにし、この神の前で人々と共に生命をわかちあって生きていくということを人生の方向性にする、それが「十戒」です。十戒と十字架に導かれ、十戒と十字架に貫かれ、十戒と十字架に包まれ、十戒と十字架に助けられて生きるのが私たちです。
  エジプトでのイスラエルの実体は、もちろん奴隷状態にあえいでいたことなのですが、400年の奴隷生活が人間にもたらす果てしない影響、それは、生まれてきた意味や生きることの可能性、喜びや希望を理解できない、人間の尊厳を奪われているゆえに、取り戻さなければならない人間の尊さが何なのかがわからない。そして目標、すなわち生命の根拠と方向性を知らず「崇めるもの、礼拝するものを持てないでうつろになっていた」という問題があります。そのようなイスラエルの民を、神は悩みの鎖から解き放ち、自ら主を礼拝し人生をかたちづくることができる場へと導き出したのです。この神の熱情とも言える愛と恵みを受けた民が、いまその神を拝するものとして生きる。そして共に恵みをわかちあって生きる。神と共に、民と共に生きるいましめとして「十戒」はわたしたちに与えられた恵みの賜物、恵みの戒めなのです。


投稿者 : iybpc 投稿日時: 2020-09-13 14:47:55 (77 ヒット)
週報巻頭言

◇待望する人 招詞のルカのテキストから
 シメオンとアンナが、誕生後間もないイエスと神殿で遭遇する出来事をまず礼拝の招詞でお読みしました。シメオンとアンナはそれぞれ随分と年をとった老人でありつつ、クリスマスの重要な本質を指し示している脇役であります。
 シメオンもアンナも、共に「待望する存在」でした。「待望」に生きる人としての人生像を示してくれています。シメオンとアンナの老後は、一つの焦点を持っていました。すなわち「救い主が与えられるという希望」に集約されて、礼拝所でひたすら待っていたということです。
 一般的に、若い人や溌剌とした人を見ると「希望があっていいなあ」「自分のように年をとってくると希望もなくて」とつぶやくことがあります。身体的(フィジカル)な事や、与えられている時間という意味で語る言葉なのかもしれませんが、「希望」とは身体的な強さに担保されるものではありません。特に現代は、若者=希望に満ちているとは言えない時代でもあります。そう、「希望」とは決して人間の能力、人間の成長の可能性の延長線上にもたらされるものではなく、聖書を生きる人々の世界では、「希望」とは「神のみわざの出現」のことを指していますし、「神のみこころの成就」のことを指しているのです。それゆえ、希望する心・待望する心は、自己の衰え、弱さに反比例して強まってくるのです。
 シメオンやアンナは、自己自身の高齢化とともに、ますます、待望することに集中していった姿を見せてくれており、すなわち、人間の老いや身体的衰えには、むしろ待望する能力と希望へと集中していく能力があることを教えてくれています。
 クリスマス物語で言えば、マタイ福音書では異邦の博士たちが、ずっと待っていた救い主誕生の知らせの星を見いだして、はるばるやってきたことが記録されていますが、そこには、ルカ福音書のシメオンやアンナと同様、「待望していた人々」という共通のモティーフが響いているのです。ですから、高齢者たちは、クリスマス・すなわち神の救いの御業の物語の主役であると言えます。そして今も、神が最も必要としている人々こそ、希望する人々、待望する人々です。人間は神を忘れていることができるほど強く、たくましく、自分自身の輪郭や将来がはっきりしている人のことを素晴らしがるのかもしれませんが、神さまが求めているのは、神のみ旨、神のみ業を待望する人々です。
 私たちの社会は、現在のところ、年金制度の関係もあるのでしょうが、65歳以上の人々を「引退者」と見なしていますけれど、決して人生に「引退」するわけではありません。「引退者」とか「余生」というような枠組みを勝手にはめられてはならないです。むしろ、いよいよ神が求めている人間像に本当に入っていく、つまり希望ということへ向けて人間性と人生を整えていく新しい自分の時代に入っていくのだということを教えられるのです。
 そしてそのような待望者こそが、神のみ旨、み業を見抜く力を持っているし、待望してきたことが成就していく瞬間を人間の最大の喜びとして受け止めることができるのです。
 希望は、ますます高齢者の業です。高齢者方には、神の祝福を、地上の出来事と結びつけて祝い「人間にとって喜びとは何か」を、証する働きが託されていると言えます。

◇This is the first day of the rest of your life.(今日という日は、あなたの生涯の残された第一の日である)
 これは、単に流れて行く歴史の中の一日ということではありません。主にあって生かされて歩む信仰の歩みにおける第一日ということだと思います。私たちは、速さの異なる二つの時間を生きているのではないでしょうか。慌ただしく過ぎていく毎日の時間を生きています。しかし、同時に、私たちは、信仰によって永遠につらなるもう一つの時を生きることが許されているのではないでしょうか。短い限られた過ぎゆく時を生きながら、同時に永遠に続く信仰によって歩む時を、生きることが許されているのではないでしょうか。その意味で、今日というこの日は、自分に残された人生の歩みの第一日、初日なのだと思います。そう、今日が一番若い日なのです。

◇祝福の風景
 バビロニア捕囚の後、イスラエルに対してエルサレムへの帰還が赦され、民は神殿建築に取りかかりますが、町の復興も神殿の再建も思うようにいかず、自暴自棄になっていきました。ゼカリヤという預言者はそのような時代に民に語りかけました。
「復興とは、神がそこに住んでくださるということだ。また再生とは人間が生き方を改めることなのだ。私たち人間は『生ける神の宮』として恵みの受け皿になり、立派な町・頑丈な建物ではなく、神に誠実な社会となること。そのとき、神が共に住まう風景、すなわち『神の祝福の風景』をあなたたちは見るであろう。『エルサレムの広場には再び老爺、老婆が座るようになり、都の広場はわらべとおとめに溢れ、笑いさざめく』であろう」と。高齢者と子どもたちが安心してそこに座り、笑い、歌い、交わる広場、これが神の共に住む町の風景、「神の祝福の風景」だというのです。

 日の出とともに農場で働き、日没とともに家に帰り、親子三代の家族が大きな机を囲んで夜の時間を過ごす。そうした農夫の家族が、一年に一度「家族写真」を撮っていました。祖父母を真ん中にして、家族がぐるっと囲んで写っている写真。それがずっと変わらぬ家族写真の構図でした。やがて、工場がつくられ都市が形成されました。農夫たちの家族も、都市へと移り住んでいきました。合理化された工場で、父が働き、兄が働きました。収入は安定しました。でも、一年に一度撮り続ける写真の構図は明らかに変わったのです。父が真ん中、そして母と兄。その周りを子どもたちが囲み、はしっこに祖父母が写るようになっていったといいます。
 機能性、生産性の価値観を真ん中に置けば、中心は「いま稼いでいる者」が陣取り、その周りを「やがて稼ぎはじめる者」が占め、「余生を生きる者」が端っこになります。現役・予備軍・引退者という枠組みが人間社会に嵌めこまれます。「真ん中」に誰を置くか、そのことによって周辺・周縁が決められていきます。「元気であること」を真ん中に仰ぐ社会は、常に成長、回復、再建のスローガンを振り回し、「元気」な者や「産み出せる」者を叱咤激励するのですが、やがて全ての人が老い衰え、周縁化されていきます。
 しかし、私たちは希望に向けて人生を理解します。ですから、高齢者たちは、信仰共同体形成の主役(真ん中)だと言えます。人生の悲喜こもごもを味わい、それゆえに主への待望を深くしている人を真ん中にして集まり、幼子から高齢者までが、通り道にいて戯れ、広場でふれ合っている風景、それこそが神が共にいてくださっている神の祝福の風景なのです。


投稿者 : iybpc 投稿日時: 2020-09-06 11:51:04 (89 ヒット)
週報巻頭言

 おはようございます。先ほど、嶋田英一郎さんの「信仰告白」を共にお聞きしました。嶋田さんは1945年生まれですから、戦後の日本の年月(75年)を生きて来られました。まぎれもなく神が嶋田英一郎さんという命をおつくりになりこの世に生を与えられ、その人生に共にいてくださいました。嶋田さんは75年を歩んできた今日、その神さまのインマヌエルの事実を自分の存在の事実として受け入れられ、告白されたのです。受領し、告白してもしなくても、嶋田さんが神さまに愛され、イエス・キリストの恵みによって救われていたという事実は変わりません。しかし、嶋田さんは、自分が神さまに愛され、イエス・キリストによって救われた自分なのだ、ということを認められました。それを受け入れた者として生きる、そこには新しい生、新しい生き方が生み出されていきます。新生していくのです。みなさん、モーセが80歳になってホレブの山で神の召命を受けたことを驚かれましたね。しかし、それは驚くに値しません。嶋田さんもまた75歳という高齢期にあって新生を経験されていくのです。人は新しく生まれることができるのです。この後、バプテスマ式をします。死んで葬られ、三日目によみがえらされたイエス・キリストの命が嶋田さんの命と重なっている新生の徴・バプテスマ式です。嶋田さんが経験しているこの事実は、私たち市川八幡教会の共同体の経験でもあります。私たちも共に、バプテスマの恵みに与って参りましょう。

 さて、今日は、私が敬愛する信仰の先輩、鈴木怜子さんから伺った話を紹介します。鈴木怜子さんとおっしゃる方は、日本キリスト教団の戦争責任告白をした鈴木正久教団議長の娘さんで、永らく日本YWCAで働かれ、1990年代にYWCAの総幹事を務められた後、2000年に、女性では初のNCC日本キリスト教協議会の議長になられた方です。私は彼女の元で副議長を3年間勤め、9.11同時多発テロやイラク攻撃の緊張の中、報復の連鎖に呑み込まれていく戦争状況を、いかに世界のキリスト者や市民との連携のもとで食い止めていくか、という課題に向けてご一緒に汗をかきました。その鈴木怜子さんが、語ってくださった印象深いお話、彼女が、東松山市の丸木美術館に行かれたときの話です。
 私も、一時期は夏になると毎年巡礼のように出かけたこともありました。一昨年の夏も、谷本仰牧師をご案内して妻と三人で出かけました。丸木美術館は、何度出かけても、突き動かされ、見る者を圧倒してきます。
 もうお二人とも亡くなられましたけれど、丸木位里さんと丸木俊さん、このお二人は「原爆の図」をライフワークとして描き続けた画家・画伯であります。その作品のすべてにはお二人の執念、悔恨と平和への熱意が宿っています。九部からなる原爆の図、そして沖縄戦、南京大虐殺、アウシュヴィッツ。それら一連の作品の最後に丸木位里・俊さんは「地獄の絵」に取り組まれました。人間の罪深さ、人間のもたらす悲惨とをそこに描き込んでいきました。さらには、その人間の浅はかさ・罪深さ、人間の引き起こす悲惨に自らどっぷりと浸かり込み、それを見逃し続けてきた自分、まさに「地獄行き」に値する「罪人」である自分たちのことも、その地獄の場に描き込まねばならない!! そう言って、「地獄の絵」の完成間際に、位里さんが俊さんを描き入れ、俊さんが位里さんを描き込んだ。その「地獄の絵」が完成した直後に、鈴木怜子さんは丸木美術館を訪れ、丸木夫妻からその説明を受けられたのですが、鈴木さんはそれを聞いた後、丸木夫妻にこうおっしゃったんだそうです。
「確かに私たちは、丸木さんが捉えたような地獄行きの人間そのものだと思います。けれども私たちが信じているキリスト。このキリストであるイエスさまという方は『黄泉にくだり』、つまり自らも死んでその地獄に行き、その罪の報いにのたうち回るしかない世界に置かれたのです。しかし、そこからよみがえらされ、再びいのちを与えられ、いのちの中に、滅びるばかりの人々をいっしょに連れ出してくださったんです」。
 その話を聞いた丸木位里さんは、しばらく絶句した後、「すごい話だ」とおっしゃって、再び黙り込んでしまわれたのだそうです。
 私は鈴木怜子さんからその話を伺ったとき、お二人の「そのやりとり」こそ「すごい話だ」と思いました。
 丸木位里さん・俊さんが人生を賭して自らを含める人間に向けて告発している罪、自ら告白している罪、その罪が引き起こす一つの地獄の姿が、あまりにも凄いものであるが故に、そこに重なっていく(鈴木怜子さんの語る)イエス・キリストの「死んで葬られ、黄泉にくだり、死人の内よりよみがえる」話が、とてつもなく「すごい話」に思えてきます。丸木位里さんが黙り込んだその時、イエスはいったいどのような場所に放り込まれていたのでしょうか。そして、また、そこから再び命を与えられ、人々をそこから伴い、連れ出していくのだということを、丸木位里さんはどのように頭で思い描いたのでありましょうか。丸木さんの絵の描写の世界、原爆の地獄の現実をあてはめるならば、まさに爆風と熱線と放射能とで無に帰した、広島、長崎のがれきの街に、キリストは皮膚を垂らして横たわり、渇きの中に死に絶え、そこから尚立ち上がらされ、そこに累々と横たわった苦しみの命を連れて立ち上がっていく、ということなのかもしれません。いえ、それを引き起こした自覚、無自覚の人間たちの浅はかさが迎えねばならない地獄の報いのただ中に埋め込まれ、放り込まれる救い主の命。しかし、そこから再び引き起こされて歩み出す人間が新しく帯びていく責任と使命。「よみがえらされる」ということは、どれほど凄いこと、凄い話でありましょうか。

 わたしたちは、イエス・キリストのくださる「すごい出来事」に与っています。
 教会で初めてバプテスマ式をごらんになった方は、礼拝後に「びっくりしました」とおっしゃいます。あんなとこに水槽があって、礼拝の途中にザブンってやるんですからね、と。あの「ザブン」は一つには「罪の洗い流し」「罪のきよめ」を象徴していますが、単に「洗い流し」ではなく、一度キリストと共に死ぬことをあらわしています。しかし、その葬られた死の淵の中から再び引き上げられるのです。(途中でとめません。引き上げます!)。そして新生・新しい生、新しく生きる「私」がそこに生まれているのです。
 その新しい生は、まったく罪人でなくなったというものではありませんが、イエス・キリストの愛(苦しみ喘ぐ者を慈しみ、共に苦しみ、共に歩む力)が私の命の中に入れられて、「キリストのいのちが重なっているいのち」へと再生されていくのです。
 ですから、私たちはキリストの愛(苦しみ喘ぐ者を慈しみ、その解放のために自分も懸命に生きてみる生き方)を、自分の生活と思想の中に戴いて生きるしかできないものとされたのです。「罪の中に生きるべきではない」のではなく、2節にあるように「罪の中に生きておれない」人間として、悔い改めながら、神の赦しを求めつづけながら生きるものとされていくのです。
 私たちは、まぎれもなく、神さまの思いのこもった創造の業によってつくられ、イエスさまの力一杯の「捜し出し」によって助け出されている命です。わたしが虚無の力や絶望の力に呑み込まれてしまわないために、そして死んでしまわないために、イエス・キリストは全力を尽くされています。
 99匹の正しい人々を野原においてでも、迷い苦しみ不安におののく1匹の羊であるこの私を捕えに来てくださった。あの羊飼いがもし1000匹の羊を飼っていたのなら、999匹を野に残して、私を捜し出してくださったのです。それがこの私の存在の掛け値なしの比重なのです。神の目には「私」はほんとうに尊いのです。そして私は、いまもなおその羊飼いに抱かれたままの羊でしかない。ですから、この私の命は、この良き羊飼いの愛が重なっている命であり、この方によって方向付けられた新しい命なのです。主イエスが、罪に死ぬとき私も罪ゆえに罪の中に死んだ。しかし、その罪の報いの淵からイエス・キリストはよみがえらされ、ふたたび立ち上がっていかれるのですから、私たちもまた、古い自分としてではなく、キリストのいのちが重なり、イエスの言葉と歩みとに方向付けられた新しい命なのです。
 嶋田英一郎さんとご一緒に、私たちも新しい命の重なりを、今日覚え直したいと思います。 


投稿者 : iybpc 投稿日時: 2020-08-30 09:16:46 (111 ヒット)
週報巻頭言

 戦後75年の夏は、「アベ政治」と表現された政治に幕が降りる夏になりました。「アベ政治」とは、首相官邸に権限を集中させることによって国会の立法機能を最小限に縮小し、「閣議決定が優先、国会は事後承認」で物事を決めていくシステムでした。また官邸が各省庁や司法当局の人事権を掌握することで行政・司法をコントロールしようとする支配政治でした。その中身はというと、理念無き米国追従、富裕層にまみ見返りが戻る経済成長、医療・福祉の自己責任化、公文書その他の情報の隠匿、日本会議の掲げる歴史観・皇国史観の復興、教育勅語の人間観に基づく教育の再編、これらを強引に進める政治でした。
 一昨日の辞任記者会見の質疑で、読売新聞の記者から「7年8ヶ月の政権の成果、レガシーと思われるものは何」と聞かれ「レガシーは、国民の皆さんと歴史が判断する」と語りながら安倍首相はいくつかのことを、他の質問に対するよりは饒舌に語りました。私はその阿(おもね)りの混じったやりとりに少なからず嫌悪感を感じましたが、「レガシー・遺産・・・そうか、そうかもしれない」と思いました。もともと「自分の政権において『憲法改正』をなんとしても実現する」と語ってきたように、日本政治史にレガシーを遺すこと、自らがレガシーとなることを欲望して政権の座に着いた人物、それが安倍晋三という人でした。
 きっと彼は「自分は確かに歴史に大きな偉業を遺した」と感じているので「レガシー」という言葉に滑らかに反応したのだと思います。しかし、いみじくも「国民と歴史が判断する」と彼が語ったように、歴史は必ず、この7年8ヶ月の間に壊されてしまったものが何であったのか、それら負の遺産の代償がどれほど日本とそこに暮らす人々にとって大きいものであったかを明らかにしていくことでしょう。
 戦後75年というこの夏は、あの戦争の悲劇、原爆の惨劇を語り継ぐ人々の圧倒的な減少と風化に、改めて危機感をもった夏でもありました。新コロナの影響を受け、証言を語る場、証言を聞く空間が封じられて行ったことも「焦り」の気持ちを強く感じさせました。継承しなければならないことの大きさと多さ、にもかかわらずその難しさに頭をもたげてしまう夏でした。しかし、伝え聞かねばならないこと、伝え送らねばならないこと、その狭間にあって、受けとめる受信器としての自己の有り様と、伝える発信器としての自己の有り様とに改めて大事な役割を問われています。2020年の夏という「平和の継承」の季節の感慨を、「アベ政治」の幕引きと共に、きちんと記憶していきたいと思います。

 先週は出エジプト記6章後半から7章の前半のテキストで関執事が宣教くださいました。たじろぐモーセにアロンという助け手が備えられる場面でした。その後、モーセとアロンはエジプト王ファラオと何度となく対決・攻防を繰り返します。どうあってもイスラエルをエジプトから解放させることの無いファラオに対して、神ヤーウェは、すべての初子・長子を撃たれる(死なせる)という「最後の災い」を通してエジプトのかたくなさに報いられていきます。その出来事を記録しているのが12章です。その恐ろしい「災い」を「回避」する方法を神さまから告げられ、まさにその災いがイスラエルの上を過ぎ越しエジプトに打撃を与えていった出来事の経緯と意味、この「信仰体験」を記憶し、後々までも繰り返し記念するようにと神はモーセとアロンに命じるのです。
  
 「信仰体験」と申しますと、ある面、個人的・主観的なもののように思われるかもしれません。信仰体験は個々の心の問題、一人ひとりの主観的な心情なのだと。しかし、宗教的経験というものは、必ずしも個々人の内面の問題だけなのではなく、常に同時に、とても客観的、共同体的な経験であります。「神と人間」「人間と人生」ということに関する個人体験を共同経験にしていくのです。もちろん「良い体験」の事ばかりでありません。「失敗」や「間違い」や「悔い改め」そしてそれらを「修正」していく姿をも共有していくのです。そのような共同作業を通して、より客観的、より普遍的な世界観や歴史観・人生観を描き直して確認していくのです。「共同体形成」とはそういうこと。この共同の世界観や人生観のもとで、一人ひとりの個人を見守る。そして、その個人は、自分の信仰体験を味わいながら、再び、自分の個人的体験を共同体に還元していく。こういう循環によってその共同体は歴史をつくっていくわけであります。
 私たちの時代、この社会には、個人主義、私主義が蔓延しています。そこでの問題の一つは、「他人に感心が無い」ということです。私のことしか関心が無い。私の感覚、私の好き嫌いが中心であって、「人間にとって何が大切か」とか「社会はどうあるべきか」という共に生きる場づくりのことについて無関心になってしまうということです。
 たとえば、相模原事件などもそうですが、考えられないような衝撃的な事件が起こる。それを巡って、みんなが懸命に考える。「何故なのだろうか。いったい何が起こっていたのだろうか」。その事件の遠因を探り、その出来事が投げかけている恐ろしさとか悲しさとか破壊力とかを掘り下げていく。社会の様々な分野の人たちがそれぞれのリソースを傾けてそれぞれが掘り下げて考える。そういう掘り下げが、幾重にも組み合わされ、丁寧に分析したり検討したりしていく中で、二度と繰り返さないための道のりや、未然の防御策や修復と癒やしの力を社会全体として獲得していくわけです。様々な分野の人たちが、自分の分野でこれから何をするべきなのかという応答が組み合わされて更に社会をつくっていく。こういう作用を「社会形成的なコミュニケーション」と言うのだと思います。事件でなくてもいいです。共同体において一つの新しい出来事に、たとえば今般の「新コロナパニック」の事態のような新しい難問に直面しながら、聖書を読んで考え、祈って感じ、その考え、感じたことを個人的な所感で終わらせずにわかちあっていく。共同体の経験の言葉にしていく。そのような「共同体形成のコミュニケーション」がきっと、いま、この時に必要なのです。
 さて、イスラエルにとって、時代が進み、世代が重なり、記憶がどんどん遠くなっていくことは、「共同体形成のコミュニケーション」が途絶え、やがては「共同体そのもの」が崩れていくことを意味していました。出エジプトを果たし、カナンの地に入植し、農耕をおぼえ、蓄えの技術を手にし、毎日のパンには事欠かなくなった時代の子どもたちが、「食べる」ということ、「食べることができる」ということについて無関心になり、「自分が労働して得た穀物なのだから自分のもの」「効率よく労働した人間はたくさん蓄えて当たり前」というような「産物の資産化・商品化」を起こしていくわけです。資産の保護と流通の拡大のために大きな国をつくり王をかつぎ軍事力を強めようとする。
 すると、もはや「生きることは神の恵みの賜物である」ということ、「いのちは神さまが養ってくださる」という根源のことがおとぎ話になっていきます。「ものを大切にする」ということが「なんで」ということになるし、「分かち合う」ということが「なんで」ということになってくるでしょう。「私の食べ物はここにある」「あなたの食べ物はどこかにあるんでしょ。それはあなたの問題」という、個人的な経済論、主観的な人生論に陥ってしまう。もはや共同体の破壊されていきます。実際、イスラエルは「バビロン捕囚」という共同体の破滅を経験していくのですが、それは、人間のおごり高ぶり、神に養われ導かれる民という共同体の経験やアイデンティティーを保つ力が空っぽになり、「個々人の生活の問題」に分散されていき、拝金主義と個人主義と主観主義がイスラエルを包んでしまったことに起因していたと思えます。『出エジプト記』は、このようなバビロン捕囚を経て、そのような崩壊の歴史を深く反省しながら編集されています。 
 イスラエルにとって、「過ぎ越し」の事件を物語ること。それは民族の過去の体験を無感動に復唱することではなく、「私たちは何ものなのか」という本来のこと、根源のことを考え、そして「今の生き方はこれでよいのか」と再吟味することを意味していました。次の世代に対し、変な言い方ですが「身体で伝える・身体に伝える」と言いましょうか。種入れぬパン、つまり酵母の入っていないパリパリもしくはペタペタのパンと苦い菜っ葉を7日間食べさせながら、額に腕に律法を記した布の入った小箱をひもでくくりつけて、実に身体的に違和感を感じさせながら、身体で感触で実感させながら、「本来」のこと、「根源」のことを伝えようとする教育の業でありました。
 神が恵みをもって私たちの必要を満たしてくださり、神の憐れみによって私たちは生かされているのであり、だから、生かされている私たちは、また隣人を生かし、隣人と共に生きなければならないという「共同体の原理と原則」「生きかたのかたち」を、子どもたち・若者たちにぶつけていくわけです。子どもたちは、最初はどこか首をかしげながら、断食をしたり、ぺちゃんこのパンを7日間も食べたり、律法の反復学習をしたりしながら成長していきます。しかし、やがて自ら鍬を持ち鎌をもって収穫にあたりはじめる、そのときに、太陽の照り加減一つ、雨の降り加減一つに大きく左右されながら収穫がもたらされていくこと。人間の労力が穀物や野菜の成長に加える力はほんのわずかなものであって、絶大なる天の恵みによって、この産物が育てられていることを知るようになります。また、こうした産物の収穫を、もし独り占めしようなどとしたならば、共同体全体がぐちゃぐちゃになってしまい、みなが長く苦しんでしまうこと、などを体験しながら、結果として、聞いてきたところの「神の養いを憶えなさい」「分かち合いなさい」という教えが、如何に真実であるかということを悟るのです。これが歴史的・客観的な真理(共同体の経験)を個人的に追体験し、継承していくという出来事なのです。

 「信仰の継承」ということがよく言われます。教会共同体、信仰共同体などが将来・未来を講じるときに必ず重要課題としてあげるテーマです。しかし、そこには明確な峻別が必要です。すなわち「継承」は若者たちがすることであり、大人たちにできることはあくまでも「伝承」なのだという理解です。大人たちは社会や歴史を形成するために大切なことを「伝承」しようと努力し、若者たちは自分たちの時代にあって生きることや社会をつくることに直面しながら「継承」すべきものを選び取っていきます。大人たちは「伝承」に責任を負い、若者たちは「継承」に招かれていくのです。
 ところで、子どもたち・若者たちが「継承」するもの(したくなるもの)とは何でしょう。それは「真実なるもの」のみです。大人たちが「伝承」しようとしたもの全てを受け入れる訳ではありません。大人が熱意を込めて語っていた経験の言葉、あるいは個人の体験でありながら人間に共通した大事な経験なのだと言葉化(客観化・普遍化)して「真理」として伝えようとしてきた事柄について、若者たちは、自身で生きてみながら「これは真理にまつわる真実のことがらだ」と感じ取ったものについて受け取り、自分なりに追体験していくのです。このようにして「伝承」したものが「継承」されます。
 平和の伝承。孫の創亮に「平和を継承してほしい」と願う私は、自分が平和を継承し平和を伝承する人間であらねばならない。そして、この子どもたちの前で、平和を崩す生き方を改め、真剣に誠実に悔い改め、生き方を修正しなければならないと思います。 
 
 記憶と記念。これは単に過去のことを憶えるためにするのではありません。過去ではなく「本来」のことを心に刻む行為です。歴史をおぼえること、とりわけ戦争と破綻の経験を記憶することによって、いのちというものにとって、ほんとうに大切なこと、社会というものにとってはずしてはならないことを受け取り、そのことから現在(いま)と自分を照らしていく行為。それが記憶と記念です。実はその記憶と記念が未来をつくるのです。ですから記憶は決して過去のものではなく、未来のもの、「未来の記憶」なのです。


投稿者 : iybpc 投稿日時: 2020-08-23 14:14:31 (119 ヒット)
週報巻頭言

しかし、モーセは主に言った。「ご覧のとおり、わたしは唇に割礼のない者です。
どうしてファラオがわたしの言うことを聞き入れましょうか。」(出エジ6:30)
モーセはイスラエルのエジプト脱出を果たし、イスラエルを一つの民族に導いた指導
者、神と直接語ることのできる預言者、という偉大なイメージに輝いています。モーセ
はどんな人だったのでしょう。
モーセは、「エジプトに行け」「イスラエルを導き出せ」という神のご命令から何とか
逃れようとします。イスラエルをエジプトから救い出すなんて、とても自分の手におえ
ることではない。自分は話すのが得意ではない。ファラオを説得し、イスラエルの長老
を説得しエジプト脱出の決心をさせるなんてとてもできない。これまでの人生の半分は
エジプトの王族の生活であった。あとの半分はミディアン人の暮らしだ。今はミディア
ンの言葉で語り、羊を飼っている。家族がいて、平和で、それで十分なのだ。だから「ど
うかほかの人を選んでください」と神に願いました。必死に弁解するモーセの姿は、自
信のない、いかにも小さき者のイメージでしかありません。
しかし、神はモーセの言い訳をすべて承知しています。モーセがエジプトに行きたく
ないことも、ヘブライ語を自在に操れないことも、雄弁な演説とは程遠いことも、モー
セ自身がそれをよく自覚していることも、すべてご存知でモーセに命じています。神は
欠けのあるモーセを、神の助けが必要なモーセを選んで用いようとしています。自分に
は神の助けが必要だと知っている人を神は用いようとしているのです。その時人の能力
は問題ではありません。モーセは「わたしは必ずあなたと共にいる」という約束だけを
頼りに神の召しに従います。
それでも、自分が適任ではないという思いは消し去ることはできません。なぜ適任で
はない自分が召し出されなければならないのだ、と言う思いにこだわり、モーセはこだ
わりに縛られていたのではないでしょうか。モーセはこだわりを持ちながら、それでも
祈り求めざるを得ない自分、自分の欠けを最後は神にゆだねざるを得ない自分と向き合
い、自分の欠けを受けとめて下さる方の「わたしは必ずあなたと共にいる」という約束
に促されながら神とかかわり続ける中で、次第にこだわりから解放されていったのでは
ないでしょうか。神さま何故ですかと言いながら、それでも神とかかわり続けることで
しか疑問やこだわりから解き放たれることはないのではないでしょうか。(関玖仁男)


« 1 2 (3) 4 5 6 ... 18 »
市川八幡キリスト教会 千葉県市川市八幡2-1-10 電話047-332-5197
Theme Desinged by 工房ヒラム