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このサイトは日本聖書協会発行の
新共同訳聖書から引用しています。
聖書 新共同訳:
(c)共同訳聖書実行委員会
Executive Committee of The
Common Bible Translation
(c)日本聖書協会
Japan Bible Society, Tokyo 1987,1988
投稿者 : iybpc 投稿日時: 2020-11-22 15:28:36 (112 ヒット)
週報巻頭言

コヘレトの言葉は、あまりにも衝撃的な書き出しで始まります。
「コヘレトは言う。なんという空しさ。なんという空しさ。すべては空しい。」
 口語訳聖書では「空の空、空の空、いっさいは空である。」と記されています。
「聖書がこんなこと言っていいのですか」と放り出したくなる人もいるかもしれません。
 そのトーンは、信仰とは人生をポジティブに理解する手助けをするもの、あるいは信仰とは人に希望を与える、信じたならばきっといいことがあるし祝福される、という方程式を求めたがる私たち人間の信仰理解にとって、水を差すような書物であると言えるかもしれません。
 先日の夜何気なく観ていたテレビ番組で、この水を差す機能という概念を改めて知らされました。作家の又吉直樹さんと人気の女性三人組の芸人「ぼる塾」のメンバーたちとが、このコロナの中での同調圧力や右へならえに心が連れて行かれる心情などについて緩やかに語り合っている番組でした。
 その番組の中で紹介されたのがカトリック教会の伝統の「悪魔の代弁者」というシステムについてでした。カトリックでは、ある故人を聖人という聖列に加える話し合いの時に、必ず誰かが「悪魔の代弁者」に指名され、その人は大主教達がどんなに故人を賞賛したり偉業をたたえても、その人だけはその故人の悪いところや問題のあるところを捕まえて、可能な限り非難するのだそうです。それが同調を強いる力を常に相対化する機能を果たしているのだそうです。そして山本七平さんは、「日本には『水を差す』という考え方があって、ちょうどこの『悪魔の代弁者』の機能をはたしている」と語っていることが紹介されました。
 私たちは、「水を差す」というと何か、その場の雰囲気をだいなしにする行為、素直じゃない「あまのじゃく」な行為のように受けとめている節があると思うのですが、むしろ、強い声や大きい声にその場が支配されてしまわないように、また集団心理が人々を呑み込んでしまわないために、とても大切な作用なのだということを感じました。
 そういう意味で、コヘレトの言葉は、聖書全体の中でもしかすると大切な「水を差す」役割を担っているのかもしれないと思います。単純な理解、たとえば信じたら天国、信じなかったら地獄、信じる者には祝福、不信仰者には裁き、といった二元論的な構図は、単純思考な分だけ分かりやすく、その分熱狂しやすいと思うのですが、分断や差別の原因にもなります。このような熱狂的な聖書理解をするものにとって、コヘレトはかなりやっかいです。その熱い信仰心に水が差されてしまいます。大いに水を差されてしまいます。けれども、とても大切な役割です。そして、コヘレトは、確かに人間の現実、人生の中で見聞きする現実を的確に捉えていますし、2000年以上の時間を越えて、思い当たる事柄に満ちています。しかも「それをいっちゃあ元も子もないと思えるのだけれども、でも実際そうだよな」と感じることだらけです。宗教的な熱心が生み出す思考停止や信仰的な妄想が冷まされてしまうのです。それが大事。
 私たちは、聖書を読むことで熱を帯びていきたいと思うことがありますが、時には聖書を読むことで、熱を冷まさなければならないこともあるのではないでしょうか。
 また、人間としての成熟は、水を差されることを受容し、水を差された時点でしっかりと冷静に考えてみる力を身につけることではないでしょうか。教会もまた、「水を差される」ことを大切にできる交わりであれば、と願います。
 柳美里さんの『JR上野駅公園口』が全米図書大賞を受賞しました。彼女はこう言います。コロナの中で、「ステイホーム」と合唱されていく中で、居場所のないホームレスの人々のことを考えることができた人はどれくらいいたのだろうか、と。こういう言葉が「水を差す」言葉なのです。そして私たちは、論調や論調がとかく一色に染め上げられていくコロナ化の中で、大切な論理と、切り分けられて考えられなければならないものの境目を、きちんと見極めていくためにこそ、誰かが「ちがうんじゃないだろうか」と語っている声に「水を差され」ていきたいと思うのです。

 ところで「むなしい」という漢字には「虚しい」と「空しい」とがあり、前者が虚無的であるのに対して、後者は不条理性を表しています。あるいはつかみ取ることのできない「届かなさ」やいつまでも続くわけではない「移ろい」や「はかなさ」をニュアンスとしていると言えます。
 人間は、どんなに知識を誇っても、天体望遠鏡をもってしても、また顕微鏡をのぞいてみても「万象のなりたち」を決して見極めきれない小さな存在にすぎません。これが「空・空しさ」です。どんなに学問を修めても、どんなに経験を踏んでも、真理をつかめきれない乏しい存在にすぎません。これが「空・空しさ」です。そして、人間は生きる上で、説明しようのない「不条理」にさいなまれる弱い存在なのです。これが「空・空しさ」です。たしかに人間の考える辻褄に合わないことが起こりますし、わたしたちの遭遇する出来事のすべてを説明することはできないのです。
 今朝の聖書箇所にありますように、国にどのような災いが起こるかわからないし、雲に水分がいっぱいになれば、たとえ今日が遠足の日でも花火大会でも(昨日からてるてる坊主をつるしていても)雨は降るのです。木がどちらに倒れるか、それは風の方向によるのであって人間の都合とは関係ありません。その総てを心配しつくし、把握しつくしてから作業をしようとするならば、いつになっても作業に取りかかることはできないのです。
 「想定内、想定内」。これはかつて一世を風靡したライブドアのホリエモンさんが連発した言葉であり、経済力による対処力の自負を示した言葉でした。しかし、その後、東日本大震災直後には「想定外」という言葉が国家レベルで弁明されましたね。「想定内」、これはたいへん傲慢な言葉です。説明できない。想定できない。それが被造物の証明です。それがコヘレトの言う「人間らしさ」としての「空・空しさ」です。空しさは、被造物であること、造られた存在であり、かつ全能などではない「弱さ」と直結するのです。
 それゆえに、被造物は創り主と結ばれていくしかないのです。被造物は被造物でしかない。その生において空しさを抱えているからこそ、創り主をおぼえて生きるしかないのです。空しさを知るということは、神を知るということに深く関係があります。
 コヘレトが言う「空しい。とにかく空しい。」それは結論ではないのです。むしろ人生の前提、出発点なのです。生きる上で、わからないことだらけだ。説明できることばかりではない。想定しても想定しても、それは撃ちのめされることがある。それが出発点なのです。そうだからこそ、人間はどこに根を張って生きるべきか。自分の経験か、自分の積み上げた宝か、自分の想定か。そうではない。あなたの創り主を心に留めよ。できれば、あなたの若い日に創り主を憶えよ。そして、神を畏れ、神のいましめ、人生を導くことばに聞き従いなさい。それが「結論」12:13なのであり、明日へ向かって根を張るべきところはそこだ、と「たましいの立ちどころ」を教えています。

 人生の実際は、コヘレトが言うように「空しい」として、さて、われわれはいかに生きていくべきでしょうか。「どうせ空しいなら、どうなるかわからないのなら、自己中心、利己目的、刹那の快楽で生きるしかない!」のでしょうか。いいえ、それこそ、虚しい(「虚無」の虚)姿になってしまいます。それは、創り主から離れてしまう姿となり、私たちには直ちには隠されていて不条理としか思えない出来事をさらに包んでいる永遠なる真理と永遠なる慰めから離れてしまうことなのです。若さを喜び、今を楽しむ生き方。思うがままに生きる生き方。それも有りです。けれども、被造物である私たちは、創り主から離れたら、一切の楽しみは虚無となることを憶えておかねばならないのです。
 コヘレトは、わかりきれない人生、つかみきれない人生を生きているからこそ、二つの生きる態度を私たちに届け、励ましてくれています。
 その一つが「にぎりしめない生き方」を選びなさいということです。
「あなたのパンを水に浮かべて流すがよい」。わたしのパンとは、わたしに与えられている賜物です。恵みです。生きる糧です。そのパンを水に浮かべて流す(船を送り出すようなニュアンスのことば)、つまり自分のためににぎりしめないで、だれかのために、何かのために、手放して送り出しなさいというのです。7人と8人とすら、そんな身近な人々とさえでよいから、にぎりしめないでわかちあいなさい、というのです。
 市川八幡教会の恒例のバザーを今年は取りやめました。この収益は全て、震災支援や福祉施設に捧げて参りました。今年は、その分を「バザーをやったつもり、バザーで買ったつもり」で献金をしよう、ということで11月いっぱい指定献金を募っています。どうか、ご協力ください。
 人間は、自分のパンを水に浮かべて流すときにほんとうに人間らしい喜びが与えられるし、おたがいの人生と人間性を育むのです。それは月日が経ってから、大きな祝福となって帰ってくるのです。いま、私たち人間は、まさにコヘレトの語る、人間の大切なたたずまい、つまり自分の恵みを水の上に浮かべて流す姿を、(そんなに難しいこととしてでなく)シンプルに呼びかけられているのだと思います。
 今回のコロナのはじまりのころにも見られた光景でしたが、一瞬にしてマスクが消えた、トイレットペーパーがない。今日はカップラーメンが棚にない。今日はパンがとにかく無い。いろいろ心配もあるのでしょうが、必要以上にためこんでいるならば、ためこんで埋めてしまった隙間の分だけ、恵みと祝福はまわってきません。自分がにぎりしめてしまった分だけがその人の分です。レプトン銅貨二枚を、もし彼女が握りしめたなら、手に残っているのはレプトン銅貨二枚だけ。手放したなら、キリストのまなざしが注がれ、想定を超えた恵みが彼女を包むのです。
 もう一つのことは、「今日も種を蒔く」ということです。明日がどうなるかわからないから、種を蒔かないのではなく、明日どうなるかは知らないけれども、明日をあきらめないで、明日を祈って、今日種を蒔くような生き方をするということです。
 先日、夕食前にテレビをつけましたら、今年の熊本での水害の、被害当時の映像が流れていました。出荷できなくなった作物と荒れ果てた畑に呆然と立ち尽くす農家の方のインタビューが流れていました。二人の別々の農家の人でした。一人はこう言いました。「もう、働く気力もなくなりました。やる気にもなりません。補償していただけるものならして欲しいです。」すぐに場面が変わって別の農家に切り替わりました。「せっかく育てたけれどこれ全部、廃棄処分です。でも、種を蒔くのをやめるわけにはいきません。明日から、どうなるかわからないけれど、種を蒔くしかないんです。」やる気が失せてしまう気持ちもほんとうに理解できます。しかし、種を蒔かねば芽はでない。種を蒔かねば、明日の何かは起こりえないのです。明日どうなるかがわからないことと、今日だけで生きることとは違うのです。明日どうなるかわからないけれども、今日、明日のためにつながる種を蒔くのです。明日のためにつながろうとする生き方が、明日とつながっていく。
 私たちも、朝、種を蒔く。夕べにも手当をする。明日を思い煩って、今日をだいなしにするならば明日は実らない。明日を祈りつつ、創り主に委ねつつ、今日を精一杯生きるならば、明日は今日につながった明日として備えられるでしょう。


投稿者 : iybpc 投稿日時: 2020-11-15 18:50:15 (97 ヒット)
週報巻頭言

人びとは王を求め続けました。王さえいれば、多く、大きく、強くなれると考えたのです。

この時代を生きているわたしたちも王を求めます。予期せぬ病、災害被害、裏切りに遭い苦しみます。心身はわななき、この痛みから逃れたいと思います。もう死んでしまいたいと思ってしまうこともあるほどです。しかし、同時に「なぜわたしが死なねばならないのか」という悔しさがこみあげます。
「王の思うがまま」にできる社会についてサムエルは預言していました。「息子は兵士に、娘はパン焼き女にされる」と。ジェンダーは強化され、未来が「王の御心」に奪われてしまうと預言していたのです。誰が生き残り、誰が殺されるのかを、王が決めます。
王という言葉を神という言葉に差し替えるとどうでしょうか。誰が生き残り、誰が殺されるのかを、神の御心と言ってしまっていいのでしょうか。わたしは、「ほんとうにそれが神の御心?」と疑問を持ちながら、わからないこと、理不尽なことに対して、肩と肩をよせ合い、ぬくもりを感じる距離で話し合える場所をつくりたいなあという気持ちで、教会の中で聖書を読む係を担わせていただく歩みをさせていただいてきました。しかし、わたしはあまり上手にできなかったと、今、感じています。それでも、やさしさを約束してくれるはずの教会というスペースで「どれが御心なんだろう」と問うていけたらいいなとわたしは願っています。みなさんにとって、教会はどのようなところでしょうか。

ダビデは、サウル王の寵愛を受け、王の娘ミカルと結婚し、王の息子の一人になりました。ダビデはサウルに仕えました。サウルは、深く悩むといつでもダビデを呼びました。ダビデに琴を奏でさせ、慰めを受けたのです。ダビデは従順な僕、そして、息子として服従しました。サウルのために戦い、勝利し、王のために、父のために尽くしてきたのです。
当時の美徳とされる父子関係でした。息子は絶対的権力者のいいなりを喜んで引き受けていました。ところが、サウルの方がこの関係に恐れを感じたのです。王の地位を脅かすものと、ダビデは敵視されてゆきました。サウルはダビデを恐れるあまりに、その権力をふるって憎悪しました。サウルはダビデに槍を投げつけ殺そうとすらしました。
これは現代社会の中で私たちの間で起こっていることでもあるのです。恐れが憎悪となり噴出し、暴力、威嚇、けん制がつねにやりとりされます。
物語に、もうひとりの息子が登場します。ヨナタンはサウルと妻アヒノアムの長男ですから、ダビデの義兄です。彼は、ダビデとは正反対に父に服従をしません。ヨナタンは敵地の蜜を食べました。戦闘中の飲食が禁じられていたのにもかかわらず、蜜に手を伸ばし、精力を回復しました。食べてはならないと言われていたものに手を伸ばしたのです。この件でヨナタンは父から死刑を命じられました。しかし、ヨナタンを慕う人びとは王に恩赦を懇願しヨナタンは生き残ったのです。

「ヨナタンの魂はダビデの魂にむすびつき、ヨナタンは自分自身のようにダビデを愛した。ダビデと契約を結び、着ていた上着を脱いで与え、自分の装束を剣、弓、帯に至るまで与えた。」(18章2−3節)

キリスト教会の伝統は、ダビデとヨナタンの物語を、どう読んできたでしょうか。両者が息子で、男性であることから、彼らの愛を「友情」と表現してきました。親友、友愛、と。ところが、どう読んでも、ヨナタンのダビデへの熱愛は性愛を表しています。自分の着衣を相手に渡し、剣、弓、帯を与えるのは性愛的な表現です。仲が良かった、意気投合した、という仲間を表す言葉ではありません。
ヨナタンの自由さは、王国にとって危険でした。蜜を食べ、義弟であるダビデを愛すヨナタンのありのままさは、王国の秩序を乱す逸脱です。義兄弟は、王位継承をめぐり、敵同士として競い合い、蹴落とし合い、一人だけが生き残ればいいのです。愛し合い、ふれあい、ぬくもりとやさしさで、両者が抱き合い生き残ってはならないのです。現代のわたしたちの規範的で監視的な社会でも、この触れ合いと抱擁こそが、最も恐れられていることではないかと思います。人と人とが自由に愛すること、性愛を男女間にとどめないこと、性愛を絶対視しないありのままの私たちの在り方こそが、統制する力を崩します。
国家、機構の利益以外のために、人がいのちを助け合うことは邪魔なこととされます。家族規範的慣習を打ち破り、「あなたと私」という関係が築かれることは、混乱と呼ばれます。男と女という二分法でなく、わたしであること、生殖目的以外の性愛が取り交わされたり、されなかったりと、わたしたちが性を私たちに与えられたものとして取り戻すこと、あなたが生きていてよかったと言い合うこと、これらが、王国システムが最も恐れていることです。だから抑圧者に対して、わたしたちは自由に愛し合い続け、ふれあい続け、抱擁を続けることがもっとも効果的な抵抗なのです。

今朝読んでいる箇所では、二人の男たちが、女たちのように振舞っているとわたしは読んでいます。もう少しだけ、二人の話をさせていただきます。
20章1節に、ラマのナヨトからダビデは逃げ帰ってきたとあります。ナヨトの地は、命をねらわれたダビデが避難した場所です。ダビデがその避難所からも逃げた理由は避難所も危険な場となったからです。
教会へ行ったら助かると思ったが、もっと危険だった、わたしはそのような声をたくさん聴いてきました。キリスト教会で、生きづらさが増していくと感じるのは、ほんの一部のマイノリティの特殊な問題ではすまされないと思います。けれども、わたしはこの物語を読んで思うのです。危険を感じたら、また次の場所がある、必ず自分に触れてくれる人がいる、そのことがここに書かれているのではないでしょうか。ダビデにとっては、それは、王国の秩序を逸脱して、上着を脱いだヨナタンのところだったのです。誰かが、わたしのために、あなたのために上着を脱いでくれていたことを思い出したい、そんな気持ちでこの箇所を読みたいと思います。20章で初めてダビデがヨナタンに言葉を発します。
「お父上に対してどのような罪や悪を犯したからといって、私の命を狙われるのでしょうか」。
罪と訳されている語の原意は「反抗する」「抵抗する」です。「わたしが父に反抗しましたか?」と、ダビデは問いました。忠実すぎるほどに仕えてきたはずのわたしが、なぜ、殺されるのか?と。ここまでで、父に対して具体的に反抗したのはヨナタンの方です「父に対して反抗しているのはあなたなのに、殺されるのは、わたしなの?」とダビデは言ったのではないでしょうか。わたしは、このダビデの言葉から、聖書の文字と文字、行と行との間に挟まれ、消されてきた女たちの「声なき声」を聴き出さずにはおれません。
創世記には、実に触れ食べたエバ、エジプト人女性だということで追い出されたハガル、子どもが与えられなかった挙句に最後は出産で死ぬラケル、民数記には裁かれ自分だけが皮膚病を受けるミリアム、士師記には夫から突き出されレイプされた女奴隷、サムエル記には泣いたハンナ‥‥聖書には「なぜわたしが?このしんどさをうけるのは、ほんとうはあなただったのではないの?」という呻きであふれています。わたしたちにも、「御心だから」では割り切れない、「なぜこのような目に遭わされるのか」というもだえ苦しみがあるのではないでしょうか。ダビデも、そういったのです。なんでなの?と。
ヨナタンの心臓に、ダビデのもだえは、どう響いたでしょうか。わたしたちが、町で、職場で、家で、路上で、病院で聞く「なぜ」という言葉は、私たちの心臓にどう響いてきたでしょうか。
ダビデはこう続けました(3節)「死と私との間はただの一歩です」。直訳は、「私と死の間は境界線上です」とするのがよいと思います。一歩と訳されたペシャッハという語は逸脱という語です。この意味にもっと近づいて考えなければなりません。殺されてはならない人が、殺されてしまうなんて、これは、もう超えてしまうことになります!いいの?という意味です。この語は過ぎ越しの祭り、ペサハと同語です。エジプトからの解放の日、死は通り過ぎました。王国の長子のみが死にました。その記憶を持つ人びとにとって、この語は特別でした。王国の長子は、ヨナタンで、あなたが王に背いてきたのに、私がどうして殺されなければならないのですか?と。過ぎ越されるはずのわたしが、死の方へ追いやられ、あなたは生き残るのですか?と。これが、あなたが私にくれた槍、弓、帯なのか?あなたの愛は、王国の制度の中の愛で、いのちといのちの重なり合いなどではないではないか、ダビデは悲嘆、憂いをもってヨナタンに初めて自分から語りかけます。

ダビデが語った「いのちの神は生きている、だからわたしも生きている」ということばは、伝統的な神告白の言葉です。神が生きていて、あなたが生きている、だけどわたしは死んでいくのですか?なぜあなただけが生き残るのですか?なんと鋭く、そしてわたしたちの実存に語り掛けることばでしょうか。あなたが生きて、私が生きている世界はないのですか?あなたが生きて、私が生きていることはどうしてできないのか―この問いを抱いてきた多くの女たち、子どもたち、外国人たち、そして私のすぐ隣にいる人びとの声を、わたしはこのセリフの中に読みたいなあと思って神学研究に従事させていただきました。
どちらかが死ぬ世界では、死の側にならないために服従します。こびへつらい、規定通りのことをこなさねばなりません。大きな身体の一部、パーツになれば生き残ることができます。ヨナタンもまた、いつでもダビデの立場に置かれる境遇です。父に気に入られなければ殺されるのですから。こんな恐怖で明日がない世界での唯一の抵抗は、弱さと弱さの結びつきです。これ以外、これ以上のものはないというのが、キリスト教会が背負ってきた福音のはずです。一番の抵抗は、ふれあい続け抱擁した腕を離さないことです。
ヨナタンは、父への背信を続けました。ヨナタンだけが生き残るのではない、あなたが生きて私が生きる働きを始めます。父に統治される世界から外へ出ていきました。「野に出よう」とダビデを外へと連れ出しました。二人は境界線を越えて目には見えない一線をまたいで外へ出ました。こどもたちは、二人ともが生き残ること、いのちを選択しました。
イエスもそうだったのではありませんか?イエスにはローマ帝国やヘロデを凌駕する力はありませんでした。ただ、彼にできたのは、民衆とつながり続けること、民衆に触れ、抱擁し愛することでした。民衆が殺され続けてゆく中で、イエスも殺されました。あなたが殺され、彼も殺されたのです。これが、打ちひしがれた民とのただひとつ残された連帯の方法だったとしたらなんと悲しいことでしょうか。イエスに語り掛けた女たちは、「なぜあなただけが生きるのか」と問いました。イエスは民衆から「神だけが、王だけが生きるのか?それでいいのか」と問われ続け、その声に結びついていったのです。イエスはこの訴えを引き受け、十字架死させられるまでに、父への、王への抵抗を続けました。連帯の方法が、一緒に死ぬことだなんて本当に悲哀に満ちています。
この悲しみに対して神は立ち上がります。神はもう我慢できないのです。神はいのちへ、いのちへと逸脱の道へとわたしたちを押し出します。「主は生きておられ、あなたも生きる」。あなただけが死ぬなんておかしい、という神の応答が復活です。復活は、もっとも弱くされたものを決して殺さないという神の強い意志、抵抗です。人間がしがみついているシステムに対する逸脱行為を神が、実践したのです。神は、上着をわたしたちに渡し、あなたを愛している、私が生きているとき、あなたも生きてほしい、誰かを殺す世界をわたしはゆるしはしない、さあ、野に出よう、あなたを誰も殺すことはできない、逃げよ、もっと遠くへ、こんなシステムにしがみつくな、とわたしたちをいのちのありかへ、光へ、促しているのです。わたしはこれが、聖書から教えられた福音であると思います。もう、だれも殺されてはならないのです。
あなたがいるからわたしもいきられる、わたしがいるからあなたもいられる、 そんな世界創造のわざに、わたしたちも加わっていこうではありませんか。難しいことではないのです、ただ隣にいる人に「あなたがいてよかった」というだけで、わたしたちは両方ともが生きられるようになるのです。   渡邊さゆり


投稿者 : iybpc 投稿日時: 2020-11-08 13:40:20 (105 ヒット)
週報巻頭言

 わたしが牧師として歩み始めた最初の赴任地、兵庫県の伊丹教会には小さな幼稚園がありました。こひつじ園といいます。そこで22歳のわたしは、なんと園長先生をつとめることになりました。とはいえ、園長としてなすべきことなどほとんどわからず、まずは毎朝、こどもたちを門に立って迎えることと、登園してしばらくの自由遊びの時間を、とにかくたっぷりと一緒に遊ぶことが日課でした。
 こひつじ園の年長さんに、筋ジストロフィーの詫間直樹くんがいました。腰のあたりから婉曲した足でようやく立ち上がり、数歩自分で歩いてはぺたんとしゃがみこんでしまう子どもでした。好きな絵本を自分でとっては、ホールの隅にしゃがみこんで床に絵本を開いてじっと見ている。時々、みんながホールで遊んでいる姿を、自分もニコニコしながら見ている、そんな風景でした。他の子どもたちも、直樹くんが座り込んでいるところをじょうずによけながら遊ぶのです。
 丁度そのころ、大縄がブームになっていました。「郵便屋さん、おはいんなさい。ひろってあげましょ、一枚、二枚・・・」長い縄跳びを回しながらくぐるんですね。子どもたちが、きゃーきゃー言いながら飛んだりひっかかったりして遊んでいる。その片一方の縄を回している先生の足下に座って、直樹くんは首をくるくる回しながらみんなを見て、にこにこしているんです。
 自由遊びの時間が終わりますと礼拝の時間があります。小さなイスに子どもたちが輪になって座っている前で、園長先生がお話をするのです。

 その日、わたしは天国の話を子どもたちにしたいと思いました。そして子どもたちに、「なあみんな天国ってどんなとこやと思いますか?」って聞きました。
「いーっぱいお花があるところ。」「お花畑みたいなとこ。」
「うん、そうかもしれんなあ」「ほかには?」
 かっちゃんという男の子が言いました。
「あんな、イエスさまがおんねん。」
「おおかっちゃん、そやな、イエス様がいるなあ」
「ほんでな、ぼくらみーんなで大縄しとんねんけどな、直ちゃんもな、いっしょに大縄し てんねん。」
 かっちゃんはそう言いました。子どもたちの前に立っていたぼくでしたけど、頭をハンマーでガーンとなぐられたような衝撃を受けました。そしてもうお話ができなくなりました。そのあとのお話はしどろもどろになってしまいました。何もしゃべらないほうが良かったのに。
 天国ってどんなところ。「直ちゃんもいっしょに大縄してるようなところ」。子どものかっちゃんがとっさに心に描いた、この天国のイメージの前に、わたしは打ち砕かれてしまいました。イエスさまの招き、すべてを包む招き、そして苦しみや障害からの解き放ち、共に平和にすごす場、そのすべてが内包されたイメージでした。何という子どもの感性、感受性。子どもってすごいなぁ、と思いました。そして「子どものように神の国を受け入れる」ということがどういうことかを学んだように思います。
 かっちゃんはそのように天国を受け入れ、かっちゃんも直ちゃんもそのようにして天国に受け入れられているのです。目の前にいるのは、天のこどもたちでした。

 かっちゃも直樹くんも卒園してからも教会学校に通うようになりました。
 かっちゃんは教会学校が大好きでした。日曜日だけではありません。かっちゃんは教会が幼稚園が大好きでした。学校から帰ってくると、しょっちゅう教会の玄関にやってきました。「園長先生、遊べる〜。」「ごめん、今から家庭集会やねん。」「ほんだら奥やんいる〜。」妻と結婚する前でして、東八幡教会の奥田牧師が当時神学生で牧師館に居候していっしょに暮らしてたんです。かっちゃんは「奥やん、奥やん」って、後ろをついて回っていたんです。奥やんも、ほんとうにまめにかっちゃんたちと遊んでくれていました。かっちゃんは奥やんが大好きで、夏休みには奥田神学生の滋賀県の実家に夏休みに泊まりにいったこともあるくらいでした。伊丹教会・こひつじ園の敷地に、かっちゃんの声の聞こえない日はなかったくらいです。
 かっちゃんが3年生になるとき、かっちゃんのお父さんとお母さんがそろって教会にやってきました。「園長先生、これまで勝彦がおせわになりました。でも教会学校もこれでやめさせてもらいます。先生に習っていたピアノもやめさせてください。うちの子には「灘中(灘中学)」に行ってもらいたいんです。それで浜学園に通わそうと思います。もう、今から気ぃ入れて勉強していかんと「灘中」無理なんです。ぜったいに「灘中・灘高」でいかせたいんです。」
 かっちゃんの顔が街の公園から消えました。ちょっと甲高い張りのある声で、「園長せんせ〜、奥や〜ん」と呼んでくれたかっちゃんの声は、それから聞けなくなりました。
 いちど、夕方に浜学園に通うところのかっちゃんと阪急電車の改札ですれちがいそうになったので、「かっちゃん、いまから浜学園?がんばってるみたいやな」と声をかけましたが、無言でうなずいて改札の中に入っていきました。わたしは、心の中で、「あのかっちゃんがなあ、さびしいなぁ」「ああ、かっちゃんをかえせ〜」と心の中で叫んでしまいました。そんなこと思ってはいけないのかもしれません。でも大事なものを失った淋しさを感じてしまったのでした。

 筋ジストロフィーの詫間直樹くんはお母さんに抱っこされて教会に通いました。直樹くんの筋ジスは年をおって悪くなりましたが、お母さんは下の子を背中に背負って、直樹くんを車から降ろしては抱きかかえて教会に通いました。今思えば、当時バリアフリーではなかった二階の礼拝堂に、直ちゃんを抱いてあがるのは大変だったことでしょう。お母さんは、直樹くん(直ちゃん)が2年生になった年のクリスマスにバプテスマを受けられました。直樹くんもお母さんといっしょに教会にずっと連れられてきました。直樹くんは養護学校の中学生になったとき、もう全身が動かなくなっていましたが、その春のイースターにバプテスマを受けました。そして、まもなくして教会員たちと養護の仲間たち、障害を持った子どもたちのサークルの仲間たちに祈られ見守られながら天に召されました。『花、夢、ぼく。みんな大好き』という詩集を遺して、神さまのところに行きました。

「なあみんな。天国とはどんなところ?。」
 わたしは今でも、「直ちゃんがいるところ」というフレーズが心をよぎります。

 たとえば、赤ちゃんが生まれますともう大騒ぎになります。「じぃじ・ばぁば」がやってきます。親戚もやってきます。友だちがやってきます。その度に、赤ちゃんは、かわるがわるに抱っこされ、揺りあやされ、「いないなばぁ」を見せられ、「ほーら高い高い」をさせられ、しまいにはほっぺにチューまでされてしまいます。赤ちゃんは、なされるままです。可愛がられるままに可愛がられている。まるで、愛されること、祝福されることの受け皿のようです。
 大人になると、なかなかそうはできません。祝福される場所に招かれていても、「わたしなんぞは、そんなもんじゃありません」と言って遠慮したり辞退したりします。心の中では「祝福して欲しいことはこっちで決める!から」とか、「これしきのことで祝福せんでくれ!」なんて思ってたりします。
 けれども、神の国の祝福とは、実におさなごが一方的に抱かれ、包まれ、愛されてしまうほどに神の御手の中で起こることです。それを受け入れることです。受け入れるということは、まるまる神さまに受け入れられることです。私たち人間が考えている「祝福に値する状態」とか「祝福されようのない人間だ」なんて、ほんとうに神さまは考えておられるのでしょうか?
 私たちは、神さまに祝福されてしまうのです。このままのわたしを喜び、祝福してくださろうとしている神さまの御手から逃げようとせず、身をまかせてはいかがでしょう。
神さまを受け入れようとしない、神さまに受け入れられようとしない、そんな頑なな私たちを神の子にするために、神さまはイエス様をくださいました。それほどまでに、神さまの恵みと慈しみによって私たちは愛されています。だから、私たちは、こんな私たちが、やがて神の国で、神の国にふさわしい姿とされて、豊かな交わりをいただいて生きるようになるのだと信じ、神さまの愛を受け入れてしまってはいかがでしょうか。
 そうです。すっかり、神さまに愛されてしまってはいかがでしょう。

「子どもたちをわたしのところに来させなさい。妨げてはならない。神の国はこのような者たちのものである。はっきり言っておく。子どものように神の国を受け入れる人でなければ、決してそこに入ることはできない。」そして、子どもたちを抱き上げ、手を置いて祝福された。」
 今日は、子どもたちを祝福する礼拝。ごいっしょに幼子たちを受け入れましょう。幼子たちと一緒に神さまの祝福を受け入れましょう。そして私たちこそ幼子たちと一緒に、神さまに受け入れられましょう。


投稿者 : iybpc 投稿日時: 2020-11-01 17:25:55 (117 ヒット)
週報巻頭言

 昨年11月3日、ちょうど1年前にあたりますが、臨時総会で執事選挙がおなわれました日の夕方、当時の現職執事と選ばれた新執事と牧師とが一同に会して夕食会をいたしました。その際、2020年度以降、どのような宣教姿勢と方針をたててこれから歩んで行くかについて大いに語り合わせていただきました。それらを文書化し、さらに協議して文言を整えていったのが2020年度の活動方針と計画案にまとめられています。
 夕食会の中で盛り上がったのは、永年希望されてきた礼拝堂のフローリング化、老朽化し衛生面でも課題のある絨毯をはがしてフローリングにすること。これを具体的なプランにしていくべきではないか。来年度は「クリスマスを新しい礼拝堂で捧げよう」、2020年は東京オリンピックも開催されるので、ネーミングもフロリンピックなんてどうか。「うわぁ、すてき。でもできるのかなぁ」わいわいと語り合いました。でも、総会に提案していこうということになりました。同時並行で、数年かけて検討してきた、教会学校を礼拝後に移動し、クラスの交わりと対話を強めていく案、そしてあらためて市川八幡教会の中長期のビジョンを語り合う一泊キャンプの実施、この三つを2020年度の三本柱にして歩んで行く計画案を総会に提案し、それが決議されていきました。
 方針案に流れる主たる感性は、ゞ飢颪教える、教会が伝える、教会が出て行くという教会中心の目線をあらためて、社会で懸命に生きている人々、そこで培われているリソースからもっと学び、またこの世に合って社会的に周辺化させられているいわゆる社会的マイノリティーの人たちが安心して集まれる場となれるように、そしてわたしたちも含めてこの同時代を生きる人々が、フラットに出会い、解放されていくための仲間になっていける、そのような場をつくっていこう、ということにありました。2019年度に、礼拝堂やホール、牧師室などの境目を遮ってきた扉にガラスを入れて見通しをよくし、市川八幡ひらかれプロジェクトを続けていこう。それは建物施設のことだけではなく、わたしたちの群れがもっともっと時代や社会に開かれた存在になるために、考え続けていこうということでした。そのために礼拝堂もまた、やがて地域社会の人々がなにがしかのホールとして用いていただけるようになればいい、その一歩としてフローリング化に取り組もう、ということにもなったのでした。
 年度末から思わぬ新コロナウィルスショックにみまわれ、残念ながら、4月からスタートするはずであった新しい体制での教会学校は、いまなお延期を余儀なくされており、また9月初旬に実施予定であった一泊キャンプもできませんでした。けれども、動きをにぶらされているこうした状況の中に、たとえあったとしても「フーリング化工事」は計画を曲げないで取り組もう。そのことを確認し、予定どおり着工し、今日の感謝礼拝を迎えることができました。ですから、この礼拝堂のリニューアルには、「教会がもっと開かれた場所になるためにどうするんだ」という宿題かついています。明るく、響きのよくなった教会に、誰が来て、どんな声を響かせていくのですか、という問いが含まれています。
 今日は、そのことを改めて心に留めていきたいと思います。
 神さまは、わたしたちに必要なものを賜ります。わたしたちは賜りますが、それを私物化してはなりません。賜り物を捧げます。賜り物をまた捧げる。いただいたものは、送りだす。等価価値を交換していくという対価経済ではなく、わたしたちは恵みを常に送りだす循環経済でいきていきます。それはやがてまたわたしたちに思わぬ賜り物として、恵みとして戻ってきます。そのことを信じて、わたしたちはここに集まり、ここで祈りと賛美の家をつくり、また恵みに感謝し、捧げ物をささげ、遣わされていく。この礼拝堂をわたしたちの人生の共通の通過点としながら、それぞれが循環するような生き方をしていきたいと思います。

 巡礼の誘いを受けて喜んでいるこの詩人は、エルサレムに行くということがどんなに嬉しく、また心躍ることであるかを言い表しています。エルサレム巡礼、そして城壁の中で過ごす礼拝と交わりの数日は、日ごろ散らされて生活しているイスラエルの人々にとって、慰めと励ましに満ちた体験となりました。
 エルサレム巡礼は、人々にとっていったい何に気づかせ、どのような嬉しい実感をもたらしたのでしょうか。その第一のことは、エルサレムの城門の中に入ると、「神はわがやぐら、わが避けどころ」ということが実感できるという喜びでした。南北に分断されて、あるいは諸国に散らされて生きている人々の日々の暮らしにとって、「櫓(やぐら)」や「砦(とりで)」はまったく無縁のものでした。日々、拠りどころの見当たらない心細さに囲まれて生きているのです。やっとの事で実現したエルサレム巡礼。城門をくぐったときの感動はひとしおであったことでしょう。「神はわが避けどころ。わが高きやぐら」。この実感が、巡礼を終えて再び散らされていく人々の心の支えとなっていったことでしょう。櫓や砦を持たず、裸一貫で生活を切り開いていくしかない「地の民」らは、しかし、その心に城壁を築き、神の守りを信じて歩んでいったことでしょう。
「エルサレムよ、われらの足はあなたの門の内に立っている。」
 この詩は、城門の中にいる、いないにはかかわらず、わたしたちはどこにいたとしても主の守りの中にいるのだ、という思いなのです。
 市川八幡教会の基本指針は「隔ての壁を除く」歩みをしようということですが、心の内に神の守り(護り)の御手を信じて生きることと、他人との隔ての壁を取り除くことは、決して矛盾することではなく、むしろ響き合っていくものではないでしょうか。
 そうです。城壁の中に入った人々の「嬉しさ」のもう一つの実感は、多くの人々と繋がり、結ばれているという事実、「きょうだいしまい」あるいは「仲間たち」の発見ということだったのだと思います。
 日ごろはどこにも行けず、限られた区域の中で、限られたほんのわずかな人々と過ごす日常を生きています。そこから来て、そこに戻っていきます。けれどもエルサレムで出会いは起こります。他者の人生と出会い、自分以外の人々の暮らしに触れます。自分のつながりの裾野が広がり、視野も広がります。自分のささやかな日常につながる仲間たちの存在、手にするわずかなパンの背後にあるものを想います。神を共に礼拝することを通して、戻っていく自分の小さなエリアの中で唱える祈りが、つなかりの裾野を持ったものに変えられ、平和の祈りが生まれていくのです。
 この詩は、エルサレムとシャロームが対語のように響き合いながら閉じられていきます。
 エルサレム、それは「平和の基」という意味です。実際のエルサレムは争いにまみれています。しかし、主がイエス・キリストの十字架の苦しみで真の意味を刻み込んだエルサレムこそが、平和の基です。このキリストのまなざしにとらえられた多くの人々の命を、わたしたちは発見しながら、できれば結び合わされながら、平和を祈る祈りを捧げて生きて参りましょう。結び合い、平和を祈る家になるために、どうかこの教会が、この礼拝堂が豊かに用いられますように。アーメン


投稿者 : iybpc 投稿日時: 2020-10-25 17:38:08 (105 ヒット)
週報巻頭言

 一緒に並んでいる仲間たちの中で、自分が朝一番に雇われたとき、この労働者はどんなに嬉しかったことでしょうか。仕事にありついたのです。そして、今日は日当をもらうことができるのです。心からほっとしたのでした。
 日雇い労働者たちは、毎朝大変厳しい競争にさらされます。朝、求人が集まる寄せ場と呼ばれるところに出向いて待ち、その日の日雇い労働の求人を待つのです。そして、「手配師」とか「人夫出し」と呼ばれる仲介人が差し出す仕事内容と条件とに折り合いをつけて、現場に向かうのです。昨日仕事にありつけたからといって、今日も仕事があるとは限らないのです。朝、仕事が決まるまでは、緊張と不安とでいっぱいです。「明暗を分ける」という言い方がありますが、朝、仕事にありついた人たちは満面の笑顔です。一方、仕事にあぶれた人たちは、ほんとうにがっくりと肩を落として、どこか途方に暮れたようになります。そして、今日一日をどう過ごすか、明日からどうなるのか、という不安に呑み込まれてしまいます。まさに明暗が分かれるのです。それが朝の寄せ場の風景です。
 そんな中にあって、朝一番に雇われたこの男は、その朝、その時、どんなに嬉しく、どんなに喜んだことでしょうか。良い仕事、良い人夫出し、良い雇い主に出会った、と、嬉しく感じ、「よし、今日は一日、ばりばりやるぞ」と張り切ったに違いありません。

 けれども、現場で働いているうち、この労働者にとって気になることが起こり始めました。午前中に一度、そして正午ごろに一度、三時ごろに一度、そして夕方になってまた一度、と、現場に労働者がやってくるのです。「妙だな」と感じました。「どういうことだ」と不思議に思いました。なんだか、雇用主に対して腹が立ってきました。「こんなことなら、最初から雇えばいいじゃないか。」と思ったのでした。そう思い始めると全てに腹が立ってきました。遅れてきた労働者たちを見て、「自分が朝からならしてやった仕事のうえで、ちんたらやりやがって」「今頃、涼しくなってから、なに、のこのことやってきてやがる。」そう思ったかもしれません。でも、思い直すことにしました。自分で自分を納得させようともしたのです。「まあ、当然、それだけ賃金に差がでるんだから、良しとしよう。あんな連中、いくらにもなりゃしねえだろうよ」・・・、そう信じて。
 仕事が終わりました。並んで日当を受け取ります。自分の前に、後から来た連中が並んでいます。「おっ、連中はいくらもらうんだろうか」こっそり見ています。すると、1デナリもらってるじゃないですか。カチンときました。「冗談じゃねえよ」と。でも自分を励まします。「ということは、俺たちはもっと弾んでくれるってことか」と。
 ところが信じられないことになりました。自分に手渡されたのも1デナリだったからです。これには、ぶち切れました。「そんな道理があるか」。「そんな馬鹿なことがあるか」。彼は、即刻、主人にくってかかります。「朝一番からここで働いた俺たちと、昼めし時とか、おやつ時とか、終わる頃になってやって来た連中とが、何で同じ日当なんだ!!」。
 おおよそ、彼がぶち切れてしまった感情は理解できます。彼がそう文句を言いたくなるのはかなり「もっともだ」と思えます。どう見ても「つじつま」が合わないように思えます。でも、合わないはずの「つじつま」が、この主人の一言の前には、合っているのです。そして、この主人の言い分は明快です。
「友よ、わたしはあなたに対して不正をしてはいない。あなたはわたしと1デナリの約束をしたではないか。自分の賃金をもらって行きなさい。わたしはこの最後の者にもあなたと同様に払ってやりたいのだ。」(13節)
 この言葉の前に、彼は立ち尽くすしかありませんでした。彼は、今朝、約束をした、あの恵みの瞬間に、たち戻されてしまうのでした。
 
 朝一番に雇われた男は、実にラッキーな男でした。仕事を取り付けた瞬間、「立ちんぼ」をしている他の誰よりも弾む笑顔を見せることができました。日雇い労働者にとって、仕事がつながるというのは、生活がつながり、いのちがつながることです。彼は、その朝、他の誰よりも「つながった」という「幸運」を感じました。けれども、働いているうちに、彼は自分が幸運だとは思えなくなっていきました。自分が後から来た連中より「不運だ」と思えるようになりました。朝、持っていた笑顔とやる気は、夕方には、不満と怒りに変貌していました。彼の心の中は、「俺は一日働いた。」「俺が一日働いたんだ。」という強い自負と、「それなのになんだ」という激しい怒りが合わさって、悔しさが固まりのようになっているのです。日暮れを迎え、今、彼の心の中からは、忘れてはならなかったはずのいくつもの大事な事柄が吹っ飛んでしまっています。大切なものが、消え去ってしまい、忘れ去られてしまっているのです。それはどんなことでしょうか。
 第一に、今日の朝、自分は「雇われる」「雇われた」という恵みに預かったということをです。そしてそれはとても「嬉しかった」はずだった。「ありがたかった」はずだったということをです。
 二つめのこと、それは、自分は今朝、この「一日の仕事」を聞かされて、そして1デナリで働くことを良しとしたし、その日当に感謝もしたし、楽しみに働いてもいたのではなかったか、ということです。
 三つ目のこと、これも大切なことです。それは、明日の朝になれば、再び自分は寄せ場に「立ちんぼ」をしなければならず、明日の朝も確実に自分が雇われるかどうかはわからないのだ、ということをです。
 しかし、今、彼の心は、「自分は一日働いた。」「自分が働いたのだ」でいっぱいです。自分が恵まれて雇われたことと、明日はまた明日で、この恵みに預かれなければ、働くことさえできない自分なのだということを忘れています。そして残念なことに、「一日よく働いた」という事実が、どうにも、自分の喜びにはならず、不満と怒りの種になってしまっているのです。「よく働き、よくがんばり、よくやった」。人間のその素晴らしい労働・労力が、なぜか喜びにならない。だとすれば、それはとても残念なことです。
「朝一番に!」「朝一番から!」 思えば、自分に注がれた抜群の恵みなのに、その同じ恵みが、後から遅れて来た誰かに注がれているのを知ると、喜びは不満に変わり、感謝が怒りに変わる・・・。明日の朝になれば、緊張と不安を抱えて、再び声をかけてもらうのを待つしかない自分であるという事実が、どこかに吹っ飛んでしまい、「今の不満」に理を探し、「今の怒り」に筋を通そうとする、そうした倒錯は、わたしたちの中にも、しょっちゅう起こっていることがらではないでしょうか。そのような「恵みの忘却」は、私たちの中にも起こり続けているのではないでしょうか。

「それとも、わたしの気前のよさを、ねたむのか」(15節)。 主人は彼に向かって、そう言います。この男の、あたかも正当な言い分の中にうごめいている「ねたみ」を、主人は感じ取っているのです。
「ねたみ」は、人間関係にとってはもちろんのこと、今日の人間世界にとって深刻な影をもたらしている人間感情の一つであろうと思いますが、そうした「ねたみ」とは、今日、自分が憐れみと恵みを受けてここに存在していることを忘れ、また、くる朝ごとに招かれて生きているという素朴な事実から離れ、「自分の力」「自分の業」をことさらに強調したり、絶対化したりするところに生まれるものなのかもしれませんね。自分の正しさ、自分を少しでも高く見積もりたいと思う気持ちと「ねたみ」とは、とても深い関係にあるのです。
 そして、もしかしたら、理が通っているということで安心してきた自分たちの言葉や行動の中にも、こうした「ねたみ」の感情や「優越意識」が渦巻いていることが多分にあるのではないか、そのことを改めて省みてみたいと思わされています。そうしないと、「ねたみ」に裏打ちされた感情は、反発となり、怒りとなり、敵意となり、争いへと人間通しを回していくのではないでしょうか。「自分の正しさ、他人のだらしなさ。」「自国の正しさ、他国の問題性。」そこに、れっきとした優劣、善悪の決着をつけなければならない、と怒りに身もだえている、今日の世界は、そこに一つの根を持つようにして、混乱を来しているとは言えないでしょうか。

「この最後のものにもあなたと同様に払ってやりたいのだ」(14節)と心を配る、この主人に例えながらイエス様があらわしてくださっている神さまの心につながっていたいと思います。私たちも、そして誰もが、神さまの目には、すべてが憐れむべきものとして映り、それでいて、すべてが尊く、大切に映されているのではないでしょうか。災害で被災した人たち、新コロナに罹患して闘病する人々のいのちが何より慈しまれており、でも、同時に、同様に、私たちのいのちと生活もとても大切にしてくださっています。今、この、同じ時にです。私たち元気なものも、今、ぺしゃんこになっていて助けを必要としている人も、実のところは、くる朝ごとに、いのちに招かれ、くる朝ごとに、恵みをいただいて生きている、等しい仲間なのではないでしょうか。そのことを忘れると、「自分たちが働いた」という意識とその事実から、妙なものが生まれ始めるのではないでしょうか。
 今日、こうして礼拝を捧げ、一緒に労することができて、良い一日としましょう。きっと豊かな一日となるでしょう。そして、また、明日を迎えることでしょう。今日の充実が、しかし、明日の充実につながるかどうかはわからないでしょう。明日、もしかしたら、今日、こんなに晴れ晴れと過ごすことができたのに、一転して、何らかの重荷に押しつぶされそうになり、あるいは問題に直面するのかもしれません。けれども、私たちの主は、夕方になってもなお、わたしたちのところに、わたしたちを探しに、繰り返し来てくださることでしょう。「あなたたちも、ぶどう園に行きなさい」。「わたしはあなたたちに、一日働いたひとたちと同様に払ってやりたいのだから。」


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市川八幡キリスト教会 千葉県市川市八幡2-1-10 電話047-332-5197
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