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このサイトは日本聖書協会発行の
新共同訳聖書から引用しています。
聖書 新共同訳:
(c)共同訳聖書実行委員会
Executive Committee of The
Common Bible Translation
(c)日本聖書協会
Japan Bible Society, Tokyo 1987,1988
投稿者 : iybpc 投稿日時: 2019-02-10 17:47:43 (100 ヒット)
週報巻頭言

兄弟たち、あなたがたは、自由を得るために召し出されたのです。ただ、この自由を、肉に罪を犯させる機会とせずに、愛によって互いに仕えなさい。
(ガラテヤの信徒への手紙 5:13)
●巻頭コラム「バプテストと信教の自由」●
 16世紀から17世紀にかけて、最初のバプテストの人々は「信仰者のバプテスマ」ということの大切さに気づきました。ヨーロッパでは、それまでは領土と教会の関係はイコール関係であり、人は生まれたら自動的に幼児洗礼を受けてクリスチャンになりました。そして教会員に登録されました。領土の領主・諸侯と教会が一体化して、つまり政治と宗教が一体になって人間を管理しました。人々もそれを不思議なことだとまだ感じなかったのです。そんな中から、「個人の信仰」ということを言い出す人々が出てきました。バプテストたちです。「一人ひとりが自分の信仰によって自覚的にキリスト者となり、聖書を自分で読み、指針(メッセージ)を自分で受け取って、主体的に生きていく、それこそが信仰生活の素晴らしさなのだ」と言い始め、それまでの領土教会から独立し、新しいグループをつくりました。自覚的な信仰ということ、主体的な参与ということを現す、「再バプテスマ」をしました。聖書に基づいて全身を水につける浸礼で「新生の姿」を表しました。それは、当時の世界の常識からすると、保たれてきた秩序やいろんな前提を乱す元になると映りましたから、たいへん危険視されました。とてつもない迫害を受けました。けれどもその運動はどんどん広がっていきました。
 「信仰者のバプテスマ」ということ、「自覚的にクリスチャンになる」「主体的にクリスチャンとして生きる」という態度が、初めて「信教の自由」という考え方となってヨーロッパ世界に登場したわけです。やがて、それが政治の枠組みの中では「政教分離の原則」となって、近代国家づくりが進む際には「民主主義の原理」の大切な柱となりました。もちろん、バプテストの人たちは、最初から「政教分離原則」というものを考えたわけではありませんでしたが、「信仰者のバプテスマ」という、人間にとってとてもシンプルであたりまえのことに気づき、忠実に生きてみたら、結果として、民主主義の原理の中の原理、「人間の思想や信条の自由」というテーマにはっきりと輪郭を与えたのでした。
バプテストの人々は、自由ということを捉えたのです。「信仰者のバプテスマ」それは、決して古い教会からの教会の縛りからの自由ということではなくて、主体的に信じて生きる者への自由、キリストへの自由。「〜からの自由」ではなく、「〜への自由」、そんな創造的な運動だったのです。キリストへの自由、これがバプテストの精神です。 (協力牧師 吉癲ヽ陝法                                                                                                                                    


投稿者 : iybpc 投稿日時: 2019-02-03 20:23:11 (126 ヒット)
週報巻頭言

兄弟を愛する人は、いつも光の中におり、その人にはつまずきがありません。
(ヨハネの手紙一 2:10)

 キリスト教思想家キェルケゴールの『死に至る病』をご存じの方も多いと思います。19世紀中盤に展開されたキェルケゴールの思想は、その後の哲学・神学に甚大な影響を与えました。特に『死に至る病』は、一見、とても難解ではありますが、人間の精神分析の先駆けとしても名著です。
「人間とは精神である。精神とは自己である。自己とは、ひとつの関係、それ自身に関係する関係である。」ややこしい言い方をしていますが、要は次のような意味です。
 人間は、自分ひとりでポツンと生きているわけではなくて、周りの状況との関係の中で実際の姿やかたちをとって生きています。会社との関係、友人たちとの関係、家族との関係、時代との関係、経済との関係。そういう関係の中で自分の実際の生があります。しかし、その自分の実際の生とは別に、「ほんとうはこうしたいのに。こうありたいのに。」と、実際の自分をさいなむもう一つの自己があるわけです。「本来の自分」と申しましょうか。つまり、周囲の状況と、本来の自分との板挟みのところに「現実の自己」が生きているわけです。「自己とはひとつの関係、それ自身に関係する関係」。本来的な自分が実際の自分に対して抱いている溝のようなもの、これが自己なのです。そして人間はみんなこのことに苦しんでいます。
 周囲や他人に合わせて生きていくしかないか。それとも自分に絶望するか。いっそのこと、周りに影響されないところに逃げ込んで、本来の自分を取り戻す生き方をするか。そのどれに逃げ込んでも「関係に関係しようとする関係としての自己」から解き放たれることはできません。キェルケゴールは、これを「絶望」と呼び、人間は、気がついているかどうかは別にして、みんな根本的には絶望しているのだというのです。そしてこの絶望に飲み込まれてしまう本質を「罪」と理解します。
キェルケゴールは人間の実存をそう洞察しながら、だからこそ、他者との関係や、本来の自分との関係に板挟みになっている現実の自分を、その実際の自分を、包み、愛し、支えてくださろうとする神さまと出会わなければ、人間は自己関係の苦しみから解放されないのだと言います。
        (協力牧師 吉癲ヽ陝法                                                                                                                                    


投稿者 : iybpc 投稿日時: 2019-01-27 11:02:19 (120 ヒット)
週報巻頭言

人の子は、失われたものを捜して救うために来たのである。
(ルカ 19:10)

「今日、救いがこの家を訪れた。この人もアブラハムの子なのだから。人の子は、失われたものを捜して救うために来たのである。」
 失われた者をたずねだして、ふれあって、神様との結び目をつくりたい。それがイエス様の目線、イエス様の心です。私たちが見ている人間の、表面的に満足している姿の裏に隠された、寂しさや不安が、イエス様の目にはちゃんと映っています。そんなイエス様が、今日も、一人の失われ欠けていた人に出会いました。エリコの街のザアカイという人でした。イエス様は、その日、ザアカイの足下で彼を見上げて呼びかけたのでした。
 ザアカイは、一般の人たちから見れば、失われた者どころか、裕福で社会的な地位も安泰な人でした。でも徴税人の親分でしたから嫌われていました。開き直って、居直っても、彼の心は飢え渇いていたのだと思います。心の底から寂しかったのだと思います。なるほど、お金はどんどんたまっていく。若いうちは、金勘定と反発心で「なにくそ」と頑張れた。でも、いまは、そしてほんとうは、辛いし寂しい。このままでは、いやだ・・・。
 空しさに襲われることの多くなっていたある日のこと。ザアカイは、人々の噂で、ナザレ人・イエスが自分の街エリコにやってくることを知りました。彼の胸は、なぜかしら騒いだのです。「その人のこと、ひと目だけでも、見てみたい」。そして、その日、ザアカイもイエスが歩かれる通りに行きました。
でも、通りはすでに人垣で埋まっていました。背が低いザアカイには、どうやっても人々の背中しか見えません。だからといって、人混みをかき分けて突き進むのは、とてもはばかられました。でも、不思議と、どうしてもそのまま帰る気にはなれなかった。何かが、ひっかかった。彼は、通りのいちじく桑の木に登ったのでした。その人をやっぱり見たい。木の上からでもいい。どうしても見たい、と。
        (協力牧師 吉癲ヽ陝法                                                                                                                                    


投稿者 : iybpc 投稿日時: 2019-01-20 10:12:35 (128 ヒット)
週報巻頭言

わたしの心であるオネシモを、あなたのもとに送り帰します。
(フィレモン12節)

「成人(式)」という言葉は「人」と「成」ると書きます。人が人と成るとはどういうことでしょうか。
 パウロはフィレモンへの手紙の中で、フィレモンの奴隷であったオネシモについて言葉を綴っています。オネシモは、何かしら問題を起こしてフィレモンのもとから逃げ出し、パウロのもとへと辿り着きました。そしてそこで信仰をもつようになりました。このオネシモをもう一度受け入れてほしいと、パウロは手紙を書きました。
 彼はオネシモについて「以前は…役に立たない者でした…今は…役立つ者となっています」(11節)と書いています。これを読むとパウロの訴えは、一見「役立つ者となったから受け入れてほしい」という言葉にも思えます。またその言葉からは、奴隷でありまた信仰者としてまだ若いオネシモというひとりの存在を、自分たちの所有物のように捉えているような印象も受けます(13,14節)。それは、当時の奴隷文化のにおいかもしれません。
 しかしそのような文化的な背景の中にあって、パウロがオネシモを「わたしの心である」(12節)と言っているのは驚くべきことです。ここでいう「心」とは「はらわた」、心の深い部分であり、激しい愛情や熱情を表す言葉です。パウロが、フィレモンに対する自らの立場を捨てて「愛に訴えてお願いします、年老いて…キリスト・イエスの囚人となっている、このパウロが。…頼みがあるのです」(9, 10節)と訴えたその心がここにあります。彼をそのような愛情へと突き動かしたものは、他でもない、イエス・キリストの信仰でした。
 聖書が語る人と人との関係というのは、「役に立つ」「立たない」という関係ではありません。年齢や立場によって、何でも「命じてもよい」(8節)という関係でもありません。「愛するきょうだい」の関係…年齢を超えて、立場を超えて「わたしの心」として互いを受け入れることのできる関係です。誰かにそのように受け入れられて初めて、人は人と成ることができるのではないでしょうか。イエス・キリストが地上で一人ひとりの人と出会い、「友」と呼び、その存在を受け入れてくださったように。
 (常盤台教会青少年担当牧師 山下真実)                                                                                                                                      


投稿者 : iybpc 投稿日時: 2019-01-13 20:13:45 (211 ヒット)
週報巻頭言

人間の心は自分の道を計画する。主が一歩一歩を備えてくださる。(箴言 16:9)

24年前の1995年1月にこの教会堂の献堂式が行われました。
当時、旧会堂が老朽化し雨漏り対策を迫られて、会堂建築の幻が一気に現実の課題となっていました。しかし私たちの建築資金が予算見積もりに届かず困っていたところ、アメリカの建築資材を使ってアメリカの建築ボランティアによって教会を建てるという案を知り、何度も話し合って採用することになりました。順調に進んでいるとみえたときに、思わぬ事情で教会が混乱して、当時の牧師が辞任し何人かの教会員も去って行きました。
教会はその痛みを引きずり、不安のなかで第1陣のボランティアを迎えることになりました。しかし彼らは献身したセミプロ級の建築奉仕者で、あたたかく前向きな信仰とはたらきで私たちを励ましてくれました。その姿を見た教会員も現場に通ってボランティアと一緒に働くようになり、「建築デー」には子どもたちも参加して階段の釘を打ち、青年たちは十字架の屋根を作りました。第2陣、第3陣と与えられたボランティアと仲間たちと一緒に作業をすることによって、教会は苦難の中から癒やされて、祈りと感謝と讃美にあふれる群れへと作り変えられました。そのことを思うと今でも胸が熱くなります。
主任牧師不在の今は忍耐の時ですが、これから主が私たちに何を期待しておられるのかご一緒に祈りつつ待ち望みたいと思います。
<建築ボランティアリーダー、パスカル・ハリスさんの証し>
(建築を通して)以前私たちの国同士は戦争で争っていたこと、そして今はこうして私たちアメリカ人が、日本人とお互いに愛し合っていることを何度も思わずにはいられませんでした。人の心にイエスさまがおられると、そこには愛が生まれるのです。
(松浪衣子)                                                                                                                                      


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