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このサイトは日本聖書協会発行の
新共同訳聖書から引用しています。
聖書 新共同訳:
(c)共同訳聖書実行委員会
Executive Committee of The
Common Bible Translation
(c)日本聖書協会
Japan Bible Society, Tokyo 1987,1988
投稿者 : iybpc 投稿日時: 2017-01-08 18:00:00 (134 ヒット)
週報巻頭言

人がこれを取って畑に蒔けば、どんな種よりも小さいのに、成長するとどの野菜よりも大きくなり、空の鳥が来て枝に巣を作るほどの木になる。(マタイ13:31–32)

クロガラシの種は直径1mmにも足りませんが、芽を出すと3m近くに成長し(パレスチナの場合)、その年のうちに種をつけて枯れてしまいます。昔の人でも、そんなありふれた現象を不思議に思う人はそう多くはなかったでしょう。イエスに指摘されて初めて気づいた程度ではないでしょうか。人間が生物の発生を遺伝子の働きによって説明するようになったのはごく最近のことです。18世紀のライプニッツですら、種の中にはその植物が非常に小さな形でしまわれているのだと考えていたようです。今日では人間を含む多くの生物の遺伝子配列が「解読」されていますが、ゼロから生命体を作り出すことは今もできません。奇跡はこんなところにも転がっているのですが、はたしてそれを不思議に思う人がどれだけいるでしょう。神のみ業に驚き、感謝し、賛美する生き生きとした心を持ち続けたいものです。
 種と成長した植物の対比を通して、イエスは神の業に気づかせようとされます。種が芽を出し、育っていくように、「天の国」(神が終わりの日に愛と正義のご支配を地上にもたらしてくださること)も育っていきます。植物の丈が伸びていくのが目に見えることはめったにないように、天の国の準備も、静かに、しかし着実に進めらています。パン生地の中に隠されたパン種が発酵を広げていくように、人目を引くような華々しさはどこにもなく、むしろ隠されているにもかかわらず、いつか花開くのです。神のみ業のなんと不思議なことでしょうか。
 しかし、いまだ目に見えない神の国はさておき、日常目にしている植物の成長だけでも十分不思議なものです。まして人間の成長となればなおさらです。新成人への祝福をごいっしょに祈れることはうれしいことです。私がこの教会に着任したときはまだ11歳だったことを思えば、まことに目をみはる成長です。それに引き替え、こちらはどの程度成長したのか……。いや、人によって形はさまざまでも、何らかの神のみ業がわたしたちの中で起こっているはずです。まずは心を柔らかくして、み業に驚き、感謝し、賛美しようではありませんか。(高市和久)

♪ 今週の賛美歌を聞く 


投稿者 : iybpc 投稿日時: 2017-01-01 18:00:00 (137 ヒット)
週報巻頭言

わたしはお前たちに新しい心を与え、お前たちの中に新しい霊を置く。(エゼキエル36:26)

きょうの聖書は22節後半などにイザヤ書40–55章と共通する表現が見られ、預言者エゼキエルの死後、バビロン捕囚の末期にエゼキエルの弟子たちが語った預言と見られます。神からいただいた土地をけがし、主のみ名をけがした彼らは亡国と捕囚という裁きを受けました。しかしバビロニア人は主が無力であったかのように、あるいは過酷で無慈悲だったかのように民をあざけっています。主のみ名はけがされっぱなしです(16–21節)。モーセの心配が現実となりました(民数記14:16, 出エジプト32:12)。
 ついに神は立ち上がられます。しかし「あなたがたのために」などと甘いことは言われません。エゼキエル書に「愛」(アハバー)ということばはなく、「愛する」(アーハブ)も他の神々を愛人としたイスラエルを指すのみです(16:33–37, 23:5–22)。ただご自身の名を惜しんで先祖たちとの契約を貫かれるのです。神は今一度ご自分の名の聖なることを示されます。諸国の民が目をみはるようなできごとが、主とイスラエルの間に起こるのです。
 どのようにして? エルサレムへの帰還という、出エジプトにも比すべきでき事によってです。しかし、かつてその地をけがした民を帰還させてよいのでしょうか? まったく新しいことが起こらねばなりません。罪からの根源的な清め、新しい霊の贈与、石の心から肉の心への変革が。神のおきてと裁きに従順な人間の新しい創造が(第二コリント5:17参照)。石のように固まった心が、再び生きた、敏感な、血の通ったものになります。こうして彼らは先祖の地に長く住むことができます。もはや天候不順もききんもありません(ホセア2:11, 23–24参照)。この救いを前にして、イスラエルは喜ぶのではなく、自分自身の罪を思い起こして嫌悪します。だから、「あなたがたのためではない」。イスラエルが優れているから救われるのではありません。恥に満ちた思い直しがあるのみです。しかし、自分の罪を直視できるのはその人が新しくされた証拠です。その先に本物の喜びがあります。(高市和久)

♪ 今週の賛美歌を聞く 


投稿者 : iybpc 投稿日時: 2016-12-25 18:00:00 (136 ヒット)
週報巻頭言

主よ、今こそあなたは、お言葉どおりこの僕を安らかに去らせてくださいます。わたしはこの目であなたの救いを見たからです。(ルカ2:29–30)

産後の清めの期間(レビ12:4によれば40日)が過ぎたので、イエスと両親が神殿で山ばと2羽か家ばとのひな2羽をささげていると、境内にシメオンが入って来ました。聖霊はかねて主なる神のメシアを見るまでは死なないと彼に告げていましたが、いよいよその日が来て、彼を神殿に導いたのでした。律法の時代を生きてきたシメオン。聖霊の時代(教会の時代)の扉を開こうとしているイエス。ふたりの出会いは神の歴史の二つの時代の出会いでもあります。
 「主よ、今こそあなたはおことばどおりこの僕を安らかに去らせてくださいます」。朝(あした)に救いを聞かば夕べに死すとも可なり、といったところでしょうか。その心境は、ヨルダンの対岸から約束の地を望み見たモーセにも通じるでしょう(ヘブライ11:13)。神の国が今すぐには実現しないとしても、幼子イエスを見ることさえできればシメオンには平和があります。万民がその救いを目撃し、異邦人は啓示の光に照らされ、イスラエルは神の栄光を映し出します。もっぱらイスラエルの救いだけを見ているザカリアの賛歌(1:68–79)と異邦人に目を向けているシメオンの賛歌の違いは、そのままユダヤで活動し続けたバプテスマのヨハネと異邦人伝道に出て行くキリスト教会の違いでもあります。
 シメオンはマリアに向き直ると、一転して暗く厳しい見通しを語り始めます。多くの者を倒したり立ち上がらせたりする絶大な力を持つ方が、結局は「反対を受けるしるし」、すなわち神に反抗する人間の罪を映し出す鏡となって十字架の上で死んでいくのです。母マリアも心を刺し貫かれる痛みを経験することになりますが、それは人の思い(神に従順な、または反抗的な)があらわにされるためです。イエスに出会ったもうひとりの人、女預言者ハンナの名も記されていますが、その預言のことばは伝えられていません。しかし、彼女がシメオンと同じく「待ち望む人」であったことは確かです。救いを、エルサレムのあがないを、イスラエルの慰めを待って待って待ち続けた人たちを神はお忘れになりませんでした。(高市和久)

♪ 今週の賛美歌を聞く 


投稿者 : iybpc 投稿日時: 2016-12-18 18:00:00 (172 ヒット)
週報巻頭言

王が助けを求めて叫ぶ乏しい人を、助けるものもない貧しい人を救いますように。(詩編72:12)

イスラエルの王が即位すると、民は神の祝福と導きを祈りました。正しい裁きと正義(新共同訳「恵みのみ業」)を神からいただかない限り王は務めを果たせないからです。外敵から民を守ることを期待されて誕生した王制でしたが、多くの人が重税に苦しみ、借金のために畑を取り上げられる人がしだいに増えていく現実もありました。しかし王が正しく民の訴えを取り上げ、貧しい人々を保護するなら、神のみ心にかない、山や丘まで平和と正義を表すでしょう。貧しく乏しい者に配慮して虐げる者を懲らしめるなら、王は長く生き、王の存在は恵みの雨となって絶えることのない義と平和が地を支配するでしょう。敵国(新共同訳「砂漠に住む者」)はひざまずき、タルシシュ(スペイン?)、島々(地中海地域)、シェバ(南アラビア)、セバ(エチオピア?)の王も皆この新しい王にひれ伏し、服従するでしょう。
 しかし、それらすべては王が乏しく貧しい人を救うからこそ与えられる恵みなのです。王は彼らの命を救い、暴虐からあがなう(窮地から助け出す)ことで人の命の尊さを示さなければならないのです。それさえ守れば、繁栄は自然について来るし、王国の将来も堅くされます。このみことばが為政者にきちんと受け止められたら、今でも妥当することが証明されるでしょう。しかし、キリスト教国と呼ばれる国を含め、なかなか難しいのが現実です。
 エジプトやメソポタミアにも、王の即位に際して豊穣と繁栄、王の長寿と国の安泰を祈る祈りが残されています。この詩はそうした大国の影響を受けながらも、貧しく乏しい人々の保護が特に強調されている点に特徴があります。エジプトを脱出してカナンの地に導かれた民にとって、それは神のみ心の根幹だったのです。王国を失った人々にも王のための詩はなお歌い継がれ、主なる神の全世界に行き渡るご支配への希望をはぐくんでいきました。イエス・キリストから神の国の約束を聞いたわたしたちは、この方が王となられるときにこそ真の平和が実現することを信じ、熱い祈りをもってクリスマスを待つのです。(高市和久)

♪ 今週の賛美歌を聞く 


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