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このサイトは日本聖書協会発行の
新共同訳聖書から引用しています。
聖書 新共同訳:
(c)共同訳聖書実行委員会
Executive Committee of The
Common Bible Translation
(c)日本聖書協会
Japan Bible Society, Tokyo 1987,1988
投稿者 : iybpc 投稿日時: 2020-02-09 18:09:25 (243 ヒット)
週報巻頭言

まことに、主はイスラエルの家にこう言われる。 わたしを求めよ、そして生きよ。 (アモス 5:4)
<信教の自由を覚える礼拝>に寄せて 「私は今、どんな理由が言われるにしても、戦争に反対します。まず第一に、イエス様の教え に反するからです。また自分の体験から、戦争が人の命を取り、衣食住を奪い、困窮を来たら せることがわかるからです。そしていま私が一番恐れるのは、『心の自由』が奪われることで す。言論の自由、思想の自由、信仰の自由が潰されることです。戦争を起こそうとするとき、 これらの自由が邪魔になり、弾圧が起こり、密告などによって、隣人、友人、親戚の間ですら 疑心暗鬼が生じるのです。ですから、私は何としても、いま与えられている平和憲法を守り抜 く努力をしたいと思っています。」(吉眸籠「非国民の子」と呼ばれて/いのちのことば 社『戦争を知らないあなたへ』クリスチャン新聞編) 私の母がこう記すのは、幼いころに経験した「固有の戦争体験」が深く関与していま す。母の父親(私の祖父)は、戦時中、尋常小学校の教師をしていました。戦争が激化 する中、祖父が教え子たちの前で口にしたふとした言葉が、祖父一家の運命を変えまし た。「もしも、君たちが戦地に行かねばならなくなったらと思うと、先生は不安で・・・」。 この言葉は、すぐに親たちに伝わり、村人へ、役人へと伝わり大騒ぎになりました。「非 国民」「アカ教師」というレッテルを貼られた祖父は、二度と教壇に立つことができなく なり、村を追われました。失意と無念の中でまもなく祖父母は死に、幼い母とまだ乳飲 み子であった母の弟とは、それぞれ、他人の手から手へと渡されていきました。ようや く親戚に巡り会い、引き取られた場所も、幼い母にとって安住の場所ではありませんで した。そこで待っていたのは、「非国民の子」「アカの子」「バチあたり」という、大人も 子どもも総ぐるみになった村人たちからの罵声と執拗ないじめだったと言います。これ が、母が幼い日に自らの身体と心で味わった「戦争体験」です。 人間の語る言葉、それは信念や信条、また信仰と結びついていると思います。それら は人間の自由にとって最も基本的なものであり、かつその人間のアイデンティティーや 尊厳につながっています。これら内面の言語を「言(ことば)」と呼ぶことができます。 人間は身体だけでなく、この言(ことば)によって生きています。私たちは「信じるも の、信じること」の自由を何よりも、誰に対しても大切にしたいと思います。しかし、 暴力をもって他者の言を封じたり弾圧したりする言(考え方)には反対します。吉盂


投稿者 : iybpc 投稿日時: 2020-02-02 16:17:21 (298 ヒット)
週報巻頭言

イエスは立ち上がって大声で言われた。「渇いている人はだれでも、 わたしのところに来て飲みなさい。」 (ヨハネ 7 章 37 節)
ヨハネ福音書 7 章は、ユダヤ上層部の中で、また民衆の中で「イエスという男は、 果たしてメシアなのか、違うのか」という論争が巻き起こっていたことを記していま す。その論争を決まって蹴散らすのは、イエスの出身地や身分の問題を引き合いに出 して断固否定する律法主義者たちのかたくなな態度でした。イエスはこれら「疑いの 論争」「否定の論争」に直面しながら、当時の人々の心の中に広がる「砂漠のような 渇き」を見ていたのではないでしょうか。自分の知識、出自、所属、地位にこだわり、 必死で自分を守ろうとしている。でも裏返せば、それ以外のものに依拠できない身の 不安と怯えがそこにはあり、渇いているのだという自己存在にまつわる枯渇を。 ヨハネ福音書は、イエスが十字架の死の直前に語った「私は渇く」という言を記録 しています。イエスは十字架の上で人間の朽ち果てるしかない肉の姿の限界を、身を もって体現されました。福音書は「人間の虚無」とはいかなるものかを十字架のイエ スの叫びを通して描いています。それは「父よ、彼らをお赦しください。自分が何を しているのか知らないのです」(ルカ 23:34)と語り、また「わが神、わが神、なぜわ たしをお見捨てになったのですか」(マルコ 15:34)と叫ぶのです。“何をしているのか がわからない存在”としての悲惨さ、“神から見捨てられる”という孤独、そして“ わたしは渇く”という空疎さ。イエスご自身が、これら人間の背負う苦悩をその身に 背負って死に(滅び)、その「滅び」自体を滅ぼすこととして復活させられていった。 これがキリスト教信仰のとても大切な核心です。 主イエスは、人々のかしましく悪意に満ちた「あいつは誰だ」論争の中に、神の祝 福と養いから離れ、人間の秤で自分を救わねばならなくなってしまった人間の渇きを 見つめ、その「砂漠」の真ん中(仮庵の祭りの日)にて叫ばれ(宣言された)ました。 「渇いている人はだれでも、わたしのところに来て飲みなさい。わたしを信じる者は、 その人の内から生きた水が川となって流れ出るようになる。」と。 私たちは、「渇き」をごまかして生きているのかもしれません。実は渇いているの に。渇かされているのに。主イエスは叫んでおられます。「渇くものは来たれ。渇く ものよ来たれ。」と、十字架を背負って叫んでおられます。私たちは主イエスに向か って叫びます。「主よ、渇いています、ここに、います」と。 吉 叶


投稿者 : iybpc 投稿日時: 2020-01-26 17:43:41 (284 ヒット)
週報巻頭言

イエスは言われた。「わたしが命のパンである。わたしのもとに来る者は 決して飢えることがなく、わたしを信じる者は決して渇くことがない。」 (ヨハネ 6 章 35 節)
◆日本バプテスト連盟「協力伝道」をおぼえて◆ 「日本バプテスト連盟」は、よく言われる「教団」や「教派」ではありません。一つ 一つの教会が主権をもった単独の教会であり、それら各個教会が協力して伝道するため に連盟を結成して協働している「協力運動体」です。つまり私たち市川八幡教会は連盟 に「所属」しているのではなく「加盟」しているのです。「連盟」にどれくらい協力しよ うとするかも、すべて市川八幡教会が決定することができます。それが前提です。 けれども、私たち市川八幡教会の誕生から今日までのあらゆる面を振り返るならば、 連盟諸教会から祈られ、助けられ、また「連盟」の名で推進しているたくさんのリソー スに与ることなしに歩んでくる事はできませんでした。市川での「開拓伝道」も、一時 休会後の「再興」もそうでした。今なお、宗教法人や不動産の管理、教役者の人事や福 利厚生(退職金制度)、そして多様なミニストリーの恵みに与りながら市川八幡教会の独 自の方策を展開しています。もし全てを自分だけでしようとしても、きっと無理です。 「連盟に加盟して何のメリットがあるのか」という声も時に聞かれますが、実に素晴ら しいメリットがあります。一緒にミニストリー(宣教の働き)に参与できるというメリ ットです。一つの教会では立案や持続が困難な働き、たとえば伝道者養成のために神学 校を設立して運営するとか、国外に宣教師を派遣するとか、教会学校の『教案誌』や讃 美歌集を編集出版するとか、全国規模の研修会を実施するとか、社会の中で人権課題や 平和構築運動に取組み主イエスの御心を実現しようとするなど、全国の教会が協力し担 いあっているからこそそれができ、続けることができるのです。ですから、「何のメリッ トが自分にあるか」と利己的な視線で問うので無く、市川に居ながら全国的な、国際的 なミニストリーに参与できるのだと、視線を外に向けて喜ぶことが、協力伝道を見つめ る大切な視点ではないでしょうか。そうです。市川八幡教会が日本バプテスト連盟のミ 、 ニストリーの主体なのだ、このセンスを忘れないでいましょう。 市川八幡教会は、経常献金額の 10%を「連盟協力伝道」のために献げています。です から、「連盟のミニストリー」を私たちの教会のミニストリーとして、もっとここに引き 、、 つけ、もっと知り、もっと楽しみ、もっと祈っていきたいと思います。 吉 叶


投稿者 : iybpc 投稿日時: 2019-11-10 20:03:47 (431 ヒット)
週報巻頭言

わたしは、あなたたちのために立てた計画をよく心に留めている、 と主は言われる。それは平和の計画であって、災いの計画ではない。 将来と希望を与えるものである。 (エレミヤ書 29:11)
1994 年にルワンダで起こったジェノサイドから 25 年が経ちました。人の身体と心に、 そして社会とその歴史とに途方もない傷が彫りつけられました。果たして加害者(とそ の家族・子孫)と被害者(とその家族・子孫)とが、共に生きていくことは可能なのか、 非常に深い難題が彫り込まれたのです。そのような中、REACH というキリスト教 NGO が「加害者と被害者の癒やしと和解」に取り組むプログラムを始めました。佐々木和之 さんは 2005 年からその働きに参与し、 「癒やしと和解」の実践に携わって来られました。 佐々木さんは鹿児島大学で農業を学ばれ、卒業後は国際飢餓対策機構の派遣員として エチオピアに駐在されました。そこで持続的な農業技術の指導などにあたられ貧困を克 服していく共同体づくりに携わられました。けれども繰り返される戦争によって村々か ら若い命が失われ、また耕した土地が荒れていく事実に幾度も直面されながら、「戦争」 そのものが根絶されないかぎり持続可能な生命の場づくりが台無しになっていくことに 強い問題意識を持たれていきます。そのような時、佐々木さんはジェノサイド事件間も ないルワンダに出会い衝撃を受けます。「あなたは、あの日、どこで、何をしていました か。」ジェノサイド被害者たちからの鮮烈な問いかけを自分自身に向け、「責任」を背負 って改めて米国やイギリスでの学びへと挑まれます。紛争そのものの予防と紛争後の和 解の道筋を研究する「平和学」という学問です。集中的に学び、「博士号」を取得した佐 々木さんは、そのままルワンダに赴き、和解のプロセスに参与し始めたのでした。 佐々木さんは、ルワンダで「和解と癒やしのセミナー」に取り組むと共に、「償いの家 づくりプロジェクト」「養豚プロジェクト」「花畑プロジェクト」などを開発し、自ら現 場でリードしながら、加害者と被害者(とその家族)の“和解のできごと”に数多く与 ってこられました。「悔い改め」と「癒やし」と「和解」と「協働」と「再生」とが密接 に結び合ってもたらされる「修復的正義」という道筋に光をあててこられたのです。 やがて、平和構築にはどうしても教育(歴史を記憶し平和を創造する次世代の人々の 育成)が必要であることに想いを強くされ、2011 年に PIASS(プロテスタント人文社会 科学大学)の平和・紛争研究学科の立ち上げに関わり、周辺諸国からも留学生を受け入 れて、平和構築のための後進の育成にあたっておられます。
               佐々木和之宣教  吉盂雉


投稿者 : iybpc 投稿日時: 2019-10-13 00:17:52 (405 ヒット)
週報巻頭言

わたしは植え、アポロは水を注いだ。しかし成長させてくださった のは神です。ですから、大切なのは、植えるものでも水を注ぐ者で もなく、成長させてくださる神です。 (第一コリント 3 章 6-7 節)
植物を育てる時、たとえば土、水、光、肥料など、成長のための環境や要件はいろい ろありますが、それらすべてを豊かに受けとめながら成長していく力は、いのちそのも のの中に見えない力として託されています。そこに神さまの成長させる力があります。 草花や木の話だけでなく、人間の成長もそうです。飲ませた食わせた、着せた行かせ た、やらせた習わせた、そういう人間の業が人を育てているのではなく、成長させてく ださる見えない力によって成長します。そして教会というものもまた一つの「からだ」 ですから、何をやってみた、このプログラムをした、こんなテキスト使った、あんな研 修会をした、そういう「企画」で成長しているのでなくて、このひとつの「からだ」の 中に注がれている神さまの成長させる力が「教会」を育てます。 人間は、どうしても「余白」を埋めたくなります。見えるもの、わかりやすいプログ ラムで全部を埋めてしまいたくなるのです。成長させてくださる力、その本人の中に、 そして余白の中に込められている成長の力、見えない力を忘れてしまうと、すべて人間 の業で埋め尽くしてしまいたくなり、それが原因で疲れて倒れたり、窒息したりしてし まうことになります。 私たちが、一日のうちで何度か、目を閉じ、手を組んで、お祈りをするのは、自分の 業を中断して余白をつくるためです。自分の目で見ているもの、自分で確かめていると 思っているものから離れる。自分の手、何かを為すその手の動きを一度止める。そして 余地・余白をつくる。神さまの言葉が響く余地、神さまのお働きが働いてくださること を待ち、またそれを受けとめようとする余地、余白をつくる。「祈りの型」がそこにあり かた ます。これは「人生の構え」とも言えるでしょう。 かま 教会というひとつのからだも、成長するためには、余地・余白が必要なのです。教会 を成長させるために、すべき目配り、気配り、手配りは大切です。でもそれら私たち人 間の業が、神さまの備える成長の力以上に力があると勘違いしてはいけないのです。言 い換えるなら、見えない神さまの力、成長させてくださる神さまの力を忘れてしまうほ ど一生懸命に労苦しても、その労苦が教会を育てはしないのです。 吉 叶


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市川八幡キリスト教会 千葉県市川市八幡2-1-10 電話047-332-5197
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