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このサイトは日本聖書協会発行の
新共同訳聖書から引用しています。
聖書 新共同訳:
(c)共同訳聖書実行委員会
Executive Committee of The
Common Bible Translation
(c)日本聖書協会
Japan Bible Society, Tokyo 1987,1988
投稿者 : iybpc 投稿日時: 2016-12-11 18:00:00 (188 ヒット)
週報巻頭言

エッサイの株からひとつの芽が萌えいで、その根からひとつの若枝が育ち、その上に主の霊がとどまる。(イザヤ11:1–2)

イザヤの期待どおり、ヒゼキヤは主なる神のみを礼拝する立派な王になりました。しかし、アッシリアの周辺では不穏な情勢が続きます。紀元前722年に北王国は滅亡、713年から711年にかけて海岸地方のアシュドドがエジプトを頼んでアッシリアに反抗すると、ユダ王国もアッシリアへの朝貢を取りやめましたが、アシュドドが敗れたため急きょアッシリアと和解し、滅亡は免れたものの多くの賠償を強いられました。きょうの聖書は、一説にはこの時期のものと言われます。父アハズがアッシリアを頼んだように、ヒゼキヤもエジプトに期待してしまったことにイザヤは失望しますが、神はダビデの家に与えられた約束を預言者に思い起こさせ、たといダビデの王朝が切り倒されるとしても、その切り株であるダビデの父エッサイにつながる王を立てると約束されます。
 この理想の王は、何よりも主の霊を受けていることを特徴とします。知恵と識別の霊は民の争いを正しく裁くために必要です。思慮と勇気の霊は外国の勢力と賢明に渡り合うために必要です。しかしそれらはすべて主を知り、恐れ敬うことによって可能になるのです。この王は、表面的なことやうわさにとらわれず、その奥にある事の本質を見抜いた上で民を裁きます。弱い人、貧しい人は正義の恩恵に浴し、地(暴君と読むべきか?)と逆らう者は王のことばによって打ち倒されます。正義と真実は、下着のように王の身から離れることがありません。
 王が神に従うとき、神もこれに応えて自然が大きく変わります。オオカミ、ヒョウ、クマ、獅子といった猛獣が幼子に危害を加えることさえなくなると言うのです。戦火が絶えなかったこの一年、そんな世界が来ることをいよいよ願わずにはいられません。イザヤですら予見することはできませんでしたが、エッサイの株から出られた方が主の霊によって世に来て、わたしたちの間に宿られました。その方が語られる信仰と希望と愛のみことばに出会い、十字架の上で人の苦しみを担われたことを知って、王として受け入れる人々は国々に広がっていきます。(高市和久)

♪ 今週の賛美歌を聞く 


投稿者 : iybpc 投稿日時: 2016-12-04 18:00:00 (392 ヒット)
週報巻頭言

ひとりのみどりごがわたしたちのために生まれた。ひとりの男の子がわたしたちに与えられた。(イザヤ9:7)

アラムと北王国イスラエルは反アッシリア同盟を組み、同盟に加わらないユダ王国に戦争をしかけてきましたが、イザヤの預言どおり失敗し、アラムは滅亡、イスラエルもアシェル族の地である海沿いの道、ガド族の地であるヨルダン川の東側、ゼブルン族とナフタリ族のガリラヤを奪われ、アッシリアの属国にされました。しかし、辱めを受けたこれらの地が栄光を受けた、とイザヤは言います。やみの中に、死の陰(または暗黒)の地に、光が輝いたのです。その栄光はまだ完全には実現していないにもかかわらず、イザヤはこれを過去形で語ります。預言された王子の誕生によって、きわめて近い将来に栄光が実現すると確信していたからです。人々はみ前に喜び祝います。アラムとイスラエルの攻撃から生じた重苦しい空気は去り、まるで神がギデオンと300人の兵士たちをミディアン人に勝たせられた日のようです(士師7:9以下)。軍靴にも軍服にももはや用はありません。
 現実には、アラムとイスラエルを退けたものの、北王国の相当部分をアッシリアに奪われ、ユダ自身もアッシリアの圧力を直接受けているのですが、その暗黒の中でイザヤが栄光の回復を確信しているのは、みどりごの誕生――先に7章で預言されたインマヌエル(後のヒゼキヤ王)と見られます――というしるしを見たからです。彼にとって、それは王の血統が続くということを超えて、神の救いの約束が真実である証拠だったのです。この預言のとおり、その後ヒゼキヤやヨシヤが現れて主なる神に忠実で弱者が守られる王国を目ざすようになります。
 エジプトの即位儀礼の修辞法に由来する、王子を神と同一視しかねないような称号も見られますが、預言者自身にはもちろんそういう意図はありません。王国を堅く立てるのは主ご自身の熱情であり、王や王子ではありません。ところが700年後に、やみの中の光である神のことばが力ある神のまま人となり、平和の君となられたのです。だからわたしたちの希望は揺るぎません。ユダ王国の人々がみ前に喜び祝ったのにもまして、喜び祝おうではありませんか。(高市和久)

♪ 今週の賛美歌を聞く 


投稿者 : iybpc 投稿日時: 2016-11-27 18:00:00 (188 ヒット)
週報巻頭言

見よ、おとめが身ごもって男の子を産み、その名をインマヌエルと呼ぶ。(イザヤ7:14)

教会が救い主イエス・キリストの到来の預言と受け取ってきたイザヤの預言を聞きましょう。紀元前734年、アッシリアへの貢納に耐えかねたアラムと北王国イスラエルは同盟して反抗を試み、南王国ユダにも同盟を持ちかけますが、アハズ王が勝つ見込みがないことを見抜いてこれを断わるや、ユダに矛先を向け、アハズに代えてアラム人を王位につけようとします。動揺するアハズがアッシリアに援助を求めようと考えたとき、預言者イザヤに主のことばが臨みました。「落ち着いて、静かにしていなさい。アラムとエフライム(イスラエル)のたくらみは実現せず、成就しない。アラムの首都ダマスコの王であるレツィンも、エフライムの首都サマリアの王であるレマルヤの子(神は前の王を暗殺して王位に就いたペカの名を口にしません)も取るに足りない。ユダの首都エルサレムの王であるあなたは、ダビデの王座をとこしえに堅く据えるという約束のもとにあるのだ(サムエル下7:16)」。
 アハズはその約束を信じるだけでよいのです。神はそのためにしるしを与えようと言われますが、アハズが「主を試してはならない」(申命記6:16)を盾に取って拒むので、一方的に「若妻(おそらく王妃アビ)が身ごもって男の子を産み、インマヌエル(神はわれらと共にいます)と名づける」というしるしを与えられます。ありふれたことではありますが、王も王妃も、ましてイザヤも、その時点では知る由もないことです。神が共におられる限り、アラムもイスラエルも恐れるに足りません。ただし、アハズが信じなかったために、ユダも滅亡こそ免れますが、アッシリアの重いくびきを負うことになります。
 初期の教会は、アッシリアに苦しめられたユダ王国をローマ帝国に苦しめられているユダヤに、またユダヤ人の指導者層に苦しめられている自分たちに重ね合わせました。それは、ありふれた形で、しかし特別な方がわたしたちの間に宿られ、苦しみの中にも確かに神が共にいますことを示されたからです。神は共にいますために難しい要求をなさいません。ただ信じるだけでよいのです。(高市和久)

♪ 今週の賛美歌を聞く 


投稿者 : iybpc 投稿日時: 2016-11-20 18:00:00 (192 ヒット)
週報巻頭言

そして今、神とその恵みの言葉とにあなたがたをゆだねます。(使徒20:32)

マケドニアとアカイアの諸教会からの献金をエルサレム教会に届ける途上、パウロは長く宣教の拠点にしてきたエフェソの教会の長老たちに別れを告げます。エルサレムの情勢は緊迫しており、これが最後の対面になることが予想されます。これまでの働き――パウロは謙虚さと涙と試練によって日々キリストに仕え、益となること、すなわち悔い改めと信仰のすべてを伝えました。パウロの個人的将来――エルサレムでの投獄と苦難が予見されます。しかし、福音をあかしする任務を果たせるなら自分の命など言及する値打ちもありません。教会の将来――パウロが去った後は、長老たちが群れの世話をしなければなりません。誤れる教師たちは、外部からも、また教会自身の中からも、次々に現れます。潔白の誓い――他人の金銀や衣服をむさぼる偽教師たちとは反対に、パウロは自分の労働で生活を支え、受けるよりは与えるほうが幸いであることを示してきた、と死を前にして誓います。
 その日から、わたしたちは神とその恵みのことばにゆだねられています。すべてのことが許されているという自由のことばに、そしてまた何が神のみ心であるか、何がよいことで神に喜ばれ、また完全なことであるかをわきまえる知恵のことばに導かれて、バプテスト教会を形造っているのです。ゆだねられたものに忠実でなければなりませんが、伝統や前例に縛られる必要はありません。みことばは常に新しいので、聞くわたしたちも新しくされます。昨年度バザーを休止したことも恵みなら、今年度実施に導かれたことも恵みだったと私は今感じています。
 日本バプテスト連盟の定期総会では、ある教会の会衆が連盟理事会の援助を受けて長年続いていた牧師による暴力支配を排除した経過が報告され、これを批判する一教会の議案も出されて(圧倒的多数で否決)緊張した論議が交わされました。当該教会の代議員からは「命を守ってほしいという叫びを理事会が受け止めてくれた」と感謝のことばがありました。偽教師たちは今もパウロの予告どおり現れてきます。ゆだねられたものにわたしたちが忠実でありますように。(高市和久)

♪ 今週の賛美歌を聞く 


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